#318 厚紙?普通の紙?
呼び鈴が鳴って、目を覚ます。俺はまだシャリヤの膝の上に居た。上の方に視線をやると、シャリヤも疲れたのか座ったまま寝てしまっている。彼女をベッドの上に寝かしてから、一体誰が来たのか玄関の方へと確認しにいく。
「やあ、中途半端な時間にすまないね」
「電話を掛けてくれればこちらから行ったんですけど……」
それとなく「アポを取れ」というと、谷山はバツが悪そうに後頭を掻いた。
「急に文書が手に入ってね。すぐにでも翻訳を始めてほしいんだ」
「何か急ぐ理由があるんですか」
「いや、アメリカ側からある程度情報は得られるし、急ぐ必要は特には無いんだけど、久しぶりにまとまった文書が手に入ったからね。君も興味が湧くだろうと思って」
そういって谷山はビジネスバッグの中から、以前のと同じような茶封筒を取り出してきた。前回はペラっとしていたが、今回のは少し厚みがある。
受け取って中身を確認すると、中には厚紙が5枚入っていた。その裏表にスキャナーで読み込んだようなリパライン語の文章が印刷されている。
「これ、なんで厚紙に印刷されてるんですか?」
「ん、ああ、電子チップが中に入ってるんだよ。常に文書の位置がわかるようになっているんだ」
谷山は腕を組んでから、先を続けた。
「まあ、これが奪われたところで読める代物じゃないんだけど、うちの慣例でね」
「難儀なもんですね。この文章はどこで見つかったんです?」
「つい最近、偵察部隊がシェルケンの野営地に近づいたんだ。そのとき取ってきた文章みたいだね」
厚紙を一枚取り出してみる。また表題に良く分からない単語が含まれていた。読むには、シャリヤの助けが必要だ。そんな俺の様子を谷山は崩れぬ柔和な顔で見つめていた。
シャリヤといえば、今日のことを報告しなければと思った。
「谷山さん、今日シャリヤがリパライン語を話す人に会ったって言ってたんです。どう思いますか」
谷山は顎に手を当てて、うーんと唸り声を挙げた。
「シェルケンの野営地は一箇所で、自衛隊が24時間体制で監視してる。あちらの側から斥候を出してくる様子は無いし、シェルケンだとは思えないね」
「じゃあ、一体誰がこんなことを?」
「アメリカ人研究者に偶然出会ったのかもしれないね」
「でも、シャリヤは相手が日本語を知っていたって言ってるんです」
「それは奇妙だ」
谷山の目は非対称に開いた。
「以前言ったように、日本語とリパライン語を知っているのは極少数だ。しかも、僕を含め自衛隊や防衛省の中にリパライン語を流暢に話せる人間なんか居ない」
「シャリヤが幻覚でも見てたっていうんですか?」
「まあ、異世界から侵略者が来ているって時点で何でもありな気はするけど……ともかく、その件についてはこちらで調べておくよ。君は翻訳を頼む」
「分かりました」
そう答えると、谷山は満足したようにニコニコと笑みを顔にたたえた。いざとなったらこの人も戦うのだろうか? あまり想像が出来なかった。
そのあと一言二言と短い言葉を交わすと、谷山は部屋の前から去っていった。
(……なんだか、後手後手に回っている気がするな)
谷山たちはシェルケンを前にして、どうしようというのだろう。もしものことがあれば、ケートニアーを武力で抑え込めるという算段があるのだろうか。彼らのやり方を考えれば、罪もない市民が蹂躙される可能性は低い。しかし、余計なことをすればシェルケン側は報復も辞さないだろう。彼らが異世界人たる所以はウェールフープが使えることにあるのだから。
しかし、彼らは
そう思うと、手に持った茶封筒が重く感じた。
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背後から声が掛けられた。振り返るとシャリヤが眠そうに目をこすりながら、立っていた。大きな声で話しているつもりはなかったのだが、起こしてしまったようだ。
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そういって、シャリヤの前に先程渡された厚紙を取り出してみせる。
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そういって、シャリヤは部屋の奥に行って、机の上においてあったノートをとってくる。そして、その端を持つ、ノートは当然重力に従って持たれていない方の端が垂れる。シャリヤはそれを指差した。
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シャリヤは俺の手から厚紙を受け取って、同じように端を持った。厚紙の場合は普通の紙のように垂れない。
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すっかり日の落ちた東京の街を見下ろしつつ、俺は厚紙を茶封筒に戻しつつ、脳内で単語を整理していた。明日からまた翻訳の日常が始まる。
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