#194 タカン語が話せなくても
車で揺られること一時間と数十分、逃げてきた町の面影もそこには無くなっていた。行っても行っても商店街のような町並みだったのを通り抜けて、車はまた別の町中を移動し始めていた。シャリヤは睡眠薬の影響がまだまだ残っているようで席に座るとすっかり寝てしまっていた。
痛みも車に揺られているうちにいつの間にか無くなっていた。左腕の出血も脇腹の銃痕の痺れるような痛みも豪邸に居たときは息をするだけでも辛かったというのにすっかり何もなかったかのようになっていた。というわけで、異国の風景を見て楽しむという気でもなく、追われる身となったレシェールたちはこれからどうしようとしているのかが問題だった。
"
「暮らす」だの「逃げる」だのがリパライン語で言えないのが歯痒かった。質問が曖昧な文になってしまうのもしょうがない。
隣の席に座るレシェールは風景を見ながらも翠の声が聞こえたからか、その質問に少し難しそうな顔をした。質問の意図が曖昧ながらも通じたのだろう。当然、彼らは翠とシャリヤを助けたのだから逃げ続けなければならない。逃げ続ける算段があろうが、無かろうがレシェールのことであれば翠たちを助けに来るだろうが、彼のその微妙な表情には何か考えが既に思いついているような雰囲気を感じさせた。
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"
レシェールは窓外を見ながら静かに頷いた。彼らしくないといえば、彼らしくない仕草のように見える。
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だが、分からない単語がいくつか聞こえた。"
"
"
途中まで言ってレシェールは窓外の風景から視線を外して車内の床を見つめて考え込んでしまった。
とりあえず、"korxli'a"は「難民」のような意味を表しているようだ。ということは"lertasa'd korxli'a"は「……の難民」というあたりの意味であろう。
"
"
運転席に座るラヴュールが口を出してくるが、レシェールがそれに対して反駁していた。一つの単語を説明するのに同義語の別の単語を出してくるのは確かに説明として悪手だ。だが、"
"Lirs,
レシェールは考えた末に背もたれに仰け反って全てを投げ出すようにしてそういった。彼らしいと言えば、彼らしい思考停止の仕方だ。
そういえば、良く考えればPMCFはタカン人の国だったはずだ。ということはそこではタカン語が話されるのだろう。翠はもちろんタカン語のタの字も分らない。法廷通訳が「まや むんそんしっしすく うぬぬむ?」だの「あ……のや たかんせんき せまるむ?」だの言ってきて一ミリも分からなかったのがそれを顕著に表している。
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"
"laprysten"は文脈から考えれば「ただ~のみ」を表す形容詞だろう。アイル語と言えば、フェリーサの母語でそういうわけでレシェールは話せるのだろう。確かにここは彼らの世界だ。リパライン語によるタカン語の教材もあろう。だがこんな状況では教材を買うことも出来まい。わざわざ言葉が通じないところに行くのが正しいのか、自分には分からなかった。
だから、こう訊かざるを得なかった。
"
レシェールは一瞬だけ目を丸くしていたが、腕を組んで胸を張った。
"
その目には挑戦するような光が満ちていた。多言語環境に揉まれてきた"ユエスレオネ人"らしい言葉だと感じた。翠はその意欲に圧倒されて頷くことしか出来なかった。そんな事を話しているうちに車は止まった。
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