#158 火を見る者、火から去る者


 幻想的な小さい炎が揺らめいている。木の枝はパチパチと音を立てながら、夜風にあおられて火を付けられた端から灰になってゆく。冷たい夜風の中、自分の目に映る炎とその暖かさは癒やしに感じる。


 シャリヤが言ったことを鑑みるに、"ycax lefhil"自体は「爪を切る」という意味で間違いないだろう。「これを見てから」と言ったのは、たぶん夜に爪を切ろうとした時の伝統的な儀式としてなのだろう。日本でも「夜爪を切ると親の死に目に会えない」と言うし、インドやネパールなどでも「夜に爪を切ると不幸になる」と言う。これは昔、電灯がなく爪切りにも小刀を使っていた時代に、深爪や爪以外を切って破傷風などの感染症で死ぬことを戒めたものだと考えられている。きっとこの世界にもそのような風習が電灯のあるこの時代にも残っていて、夜に爪を切るためにはこのような儀式が必要であったのだろう。


"Salaruaこんばんは cenesti, harmie co何をやって...... co ycax爪を lefhil切るの?"

"Ar, jaあー、うん."


 声を掛けてきたのはエレーナだった。肩には少し大きめのトートバッグ、落ち着いた色の上着には首元にファーが付いていて暖かそうだ。

 エレーナは翠の答えを聞いて、パチパチと燃える枝を見つけるとすぐさま見てはいけないとばかりに手で見えないように視界を塞ぎながら顔をそむけた。


"Fgir esそれは malef……."

"Mi firlex nivやっていることは良く fqa'd eserl pa分からないんだけど liacy xalija シャリヤが lkurf la lexこれを言ってて. Hame fqaこれはどういう letix kante意味があるの?"


 顔をそむけたままのエレーナは表情こそ見えないが"firlexなるほどね,......"と納得するような声が聞こえる。儀式の意味の詳細をよく知らないということが伝わっただろうか。呆れたような声だった。

 ところで、エレーナが枝に付けられた火を避けるようにして顔を背けたのは何故なのだろう。


"Malそれで, hame coなんで xel niv赤いこれを...... ralde'd fqa見ないの?"

"Ralde'd赤の fqastiこれ......?"


 「火」という単語が分からなかったから、適当に「赤いやつ」と言ってみたが反応は微妙だった。数十秒間の変な間が生まれる。


"Selene coデシャフェルのこと lkurf dexafelを言いたいの?"

"Jaそうだね,"


 エレーナは片手で目を隠しながら、もう片方の手で燃えている枝を指さした。一応通じたようだ。彼女が賢くて良かった。リパライン語で火のことは"dexafelデシャフェル"と言うらしい。


"Fal ycaxil爪を lefhil'it……に nukusu'c切る時, miss es私達は fqa'dこの黒 deln'iを行うわ. Fe lartaこれを xelする際に dexafel filx切られる人 elx以外 veleser ycaxoこの炎を fal esil見ては la lex'itならないの. Larta zuこれを見た xel la lex人は, is ny luarta不幸になるわ."

"Firlex,なるほど......"


 エレーナの説明は少し長めで知らない単語もあったが、「夜爪を切ってはならない」という仮説に基づけば色々と分かる。

 "nukusu'c"は与格語尾"-'c"が付いている事はわかるが、どこまでがそれを取り除いた後の語尾のuが緩衝音かどうか分らない。よって"nukusuヌクズ"または"nukusヌクス"になるわけだが、これは文脈から考えて「夜」、"luarta"「とても喜ばしい」に意味を反転させる"ny"が付いているということは「不幸」ということになるだろう。文中の「この黒を行う」というのはよく分からないけど、"deln"は多義語で「黒」という意味の他に「儀式」という意味もあるのだろう。


"Wioll liaxaそれを co xel melx見てから shrlo tydiestシャリヤのところに xalija'l行きなさいよ. Mi tisod ny la lexきっと. Ci ycax彼女があなたの co'd爪を切って lefhilくれるから."

"Cisti彼女が? Cene mi ycax自分の爪くらい mi'd lefhil自分で切れるけど."


 エレーナは一つしょうがない奴だなという雰囲気でため息を付いた。


"Fe co ycaxこの儀式では co'd lefhil君の爪は君が切っては fal fqa'd delnいけないの. Deln velesそのように kranteo xale儀式は la lex falスキュリオーティエに skyli'orti'e書かれているわ."

"hmm,ふむ"


 何故いきなりインリニアの話が出てきたのか、と思ったが多分同姓同名の別人の話だろう。儀式を記録したスキュリオーティエさんは爪を切るために儀式を執り行う者はその者自身が爪を切ってはならないとしたらしい。ここまで儀式をやるのも面倒なのに、その上、爪まで切ってくれるとは、シャリヤは底抜けの優しさを持っていると感じられる。


"Ci彼女は jel感じる la site'c ly fal pesta~後に."


 ふと、エレーナが独り言のように呟いた。表情は手で隠されて見えないが、口調から何か重要なことを伝えようとしていることだけはわかった。


"Edixaした Ci彼女 nio teles jeiergen lixea celx seleneしたい pemetorles co'tj君と ly. Salarじゃあね, cenesti."

"a, salarさよなら."


 結局、エレーナが言ったことはほぼ分からなかった。何か大切なことを伝えようとしていたのは口調で分かっていた。でも、単語が全くわからなかったのだ。別れ際の言葉なのだから、何か儀式のTipsでも教えてくれていたのだろうに分からなかったのはとても残念なことであった。

 地面を眺めると先程までパチパチと燃えていた木の枝が完全に灰になってしまっていた。なんとなく、その燃えカスを踏みつけると灰がふっと足の周りに舞った。



 消えた灰を後にして部屋に戻ると、シャリヤが微笑んで迎え入れてくれた。椅子を引いてくれたところに座るとシャリヤは爪切りを取ってきた。エレーナが言っていたように本当に彼女に爪を切られると思うと恥ずかしい気がしてくる。ここで断ったら何を言われるかわからないが、きっとシャリヤのことである。彼女が自分を裏切ったことは一度もない、儀式をやってまで申し訳ないが、理解してもらいたい。

 決心し、爪切りを持つシャリヤに声をかけようと顔を向けた。


"Xalijastiシャリヤ, mi俺は――"

"Witerm,"


 シャリヤは爪切りを持ったまま、自分の膝の上に座ってきた。いきなりの行動に驚いた。彼女の銀の髪、感触、匂いが間近に感じられる。日常の生活の中でこんなにも近づくことはほぼない。彼女は背中を翠の胸に預けてきた。そして、甘えるように頭をこちらに向けた。慌てて固まったままの翠の横顔を見てくすりと笑う。彼女の吐息が首元に掛かって、くすぐったかった。

 そして、その片手で優しく手を取り、もう片方の手に持った爪切りで少しづつ爪を切り始めた。


"Cenestiねえ、翠,"

"h, Harmieな、なんだい?"


 状況が状況なので、声が変に上ずってしまう。確かに彼女と自分の関係は深いものだけど、シャリヤ自身の性格はこんなに積極的だっただろうか。


"Edixa co lkurf前に言ったわよね. Selene mi俺は君を celdin co助けたい malそして mi celes俺は君を niv iso一人には co's panqa'c. Jaしないって?"

"Merまあ, jaそうだけど."


 シャリヤを人質に取られて、イェスカと対峙した時に確かに翠はそのように言った。身寄りのないシャリヤを一人にはしない、そういう誓いだった。

 シャリヤは爪を切りながら話していた。彼女のほんのり温かい手が自分の手を包んでいたから、冷静に話を聴けた。


"Mi snerien私はあなたと molo co'st一緒に居ること mi'tjができて嬉しいわ."

"Mi ad俺も snerien嬉しいよ. "


 今度はしっかりとシャリヤの目を見て言った。シャリヤは恥ずかしそうに顔を赤らめたが、顔を背けたりはしなかった。嬉しそうに つぶらな蒼い瞳がこちらを見つめている。


"Co mol mi'tjこれからも一緒に fasta no at居てくれる?"


 シャリヤは質問をしてから、ゆっくりと目を瞑った。完全に力を抜いて身を自分に任せている。その答えを言葉ではなく、行動で表して欲しいと言わんばかりに。自分の中の答えはもうわかっている。愛らしい桜色の唇に吸い寄せられるように顔が少しずつ向かう。彼女の火照った顔の熱が感じられるまで近づいたその瞬間、乱暴に玄関のドアが開かれる音が聞こえた。その人物は雑に靴を脱ぎ捨てながら、慌てた様子でこちらに近づいていた。


"Vaj xalijasti……シャリヤ! Xij cenesti……翠! Seno聞い..... Coss二人とも es harmie'i何してるの?"


 声の主はフェリーサだった。臙脂色のオーバーオール、オレンジのケープかポンチョかよく分からない上着はお気に入りなのだろう。急いだ様子で、何かを伝えようとやってきたようだが、自分たち二人を見て怪訝そうにこちらを眺めた。アホ毛が感情に同調するように曲がる。

 そりゃ男女二人が密着して見つめ合っていたら、怪訝そうな顔になるのも分からなくもない。それにしても雰囲気ぶち壊しであった。これでろくでもない事情だったら、フェリーサには後で出された宿題を押し付けてやる。どうせ、自分がまともにやっても終わるまいし。


"Senost qasti二人とも聞いて! Lexerl lkurf.レシェールが Selene lexerl lkurf明日話したい fal finibaxliって言ってた! Paでも, harmae kali'ahoカリアホって es?"


 どうやら、フェリーサはよく知らず伝言を頼まれたようだ。彼女自身カリアホが誰かよく知らないらしい。

 彼女の話を聞いたシャリヤの表情は微妙だった。複雑な感情が彼女の中に渦巻いているような表情、火照った顔色もすっといつもの白い肌に戻っている。彼女はふと思い立ったような表情になってフェリーサに向き直た。


"Pergersti, mels niv ja関してではないはい."

"Mi es niv perger私は……じゃない!"

"Harmie co何故あなたは qune kali'ahoカリアホを知ってるの."

"Mi qune niv知らない! Edixa lexerlレシェールが lkurf la lex言ってたから! Selene si lkurf明日の12時に cossa'tj fal話があるって finibaxli'd 12:00言っていた ly."


 シャリヤはフェリーサの言葉に頷くと、疲れた様子で寝室へと向かった。何かあったのかと言わんばかりに肩を下げるフェリーサに答えるように翠は首を振ってみせた。

 フェリーサは「伝えたから、後は知らないからね!」というような趣旨のことをよく分からないリパライン語でペラペラと喋った後帰っていった。カリアホの体調が悪くて何かあったのか、それとも他になにかあったのか気になるがもう時間は遅い。レシェールが明日呼んでいるというのであれば、また明日話しを聞けばいい話なのだろう。爪も切りきれてないが、明日日中のうちに切ったらいいだろう。郷に入ってはなんとやら、狼の群れの中では狼のように振る舞うなんとか、ローマではラテン語をなんとかというものである。ここはシャリヤやエレーナの慣習に従っておこう。

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