#330 ゴジラを異世界人に説明してみろ
「う~ん、ここのジョロフライス好きなんだよねえ」
そう言いながら舌鼓を打つのは柔和な顔に丸眼鏡の男――谷山だ。今度はセネガル料理のお店に呼び出されていた。こうなってくると、一体何カ国のエスニック料理店を知っているのか気になってくるというものだ。隣に座るシャリヤはオレンジ色のご飯を一スプーンすくい上げて、よく観察していた。思い切って一口食べると瞳にキラリと光が舞う。どうやら気に入ったようだ。
ここに来たのは翻訳の進捗を谷山と確認するためだった。俺はバッグの中から翻訳途中のメモのコピーを取り出して谷山に渡す。
「最後の部分も訳しちゃいたかったんですけど、時間がなくって……」
「ああ、別に良いよ。どれどれ見せてもらおうか」
丸眼鏡の柄を掴んで、コピー用紙に顔を近づける。しばらくして、彼は顎をさすりながら思案するような顔になる。
「どうやら僕たちの偵察部隊が侵入出来たのは、シェルケンにスパイが居るからだと考えてるみたいだね」
「多分そう考えているか、離反に釘を刺してるんだと思います。で、実際にはどうなんですか?」
「うん?」と谷山は質問の意図を取りそこねたような音を漏らす。
「自衛隊はシェルケンの捕虜を取ってたりしないんですか?」
「いやあ、それは無いね。攻撃を受けたとき、牽制しつつ民間人を退避させるので精一杯だったわけだし、それ以来シェルケンはこっちの出方を見て基地から出てこなくなった。捕虜を取る余裕もないよ」
「じゃあ、捕虜だってのはシェルケンの勘違いってことですね」
「まあ、閉鎖的で権威主義的なコミュニティだと良くあることだよ。自分たちが負けてるのは、単に弱さが理由なのにそれが認められないから、存在しない裏切り者を探して内ゲバを始める」
谷山は水を飲んで、難しい顔でため息をつく。
「マズイかも知れないな」
「マズイって何がです?」
「こういうのは最終的に無茶な攻撃とかを敵に対して行うことで終わるんだ。それでそういった組織や国は破滅する。もしシェルケンがそういう方向に行くのなら、僕たちは彼らの第二波攻撃を受け止める準備が必要になってくる」
俺はジョロフライスの最後の一口を口に運びつつ頷く。
ウェールフープを持っている彼らが優位に立っているのは火を見るより明らかだ。シェルケンが前後不覚になって攻勢を仕掛けてくれば、自衛隊とて無傷では居られまい。市民にも大量の死傷者が出ることだろう。
しかし、谷山の顔は再び明るさを取り戻した。
「まあ、そのような兆候が発見できたのは幸いだ。前も言ったが、情報は力だ。素早く知れていれば、対策を考える時間もたっぷり得られる。文章を翻訳してくれる君がいるおかげだよ」
「俺だけじゃないですよ。シャリヤが居てくれたからこそです」
「そうだったね、シャリヤちゃんにもお礼を言わないとね。えっと……シャセだっけ?」
"
"
"
シャリヤは気恥ずかしそうに頬を赤くしながら "
「メーってのは、どういう意味なんだい?」
「フィラーですよ。『ええと』とか『その』とか、そういう意味です」
谷山は俺の答えを聞いてくすっと笑う。
「なんだか羊みたいだね」
「ああ、まあ、確かに」
羊娘のコスプレをしたシャリヤが脳裏に浮かぶ。ふわふわ、もこもこの衣装で「めーめー」と言っている彼女。うん、絶対に可愛い。可愛いに決まっている。
そんな妄想をよそに、シャリヤは言葉を見つけたようにすんとしてから、谷山の方を向いた。
"
「え? ゴジラ?」
谷山は目をパチクリさせながら驚く。そして、俺の方を向いて無言で訳を求めた。
「えーっと、『日本の自衛隊はゴジラに勝ったことがあるのか』って訊いてます」
「え、ええ?」
困惑する谷山をよそにシャリヤは目を輝かせながら答えを待っている。ううむ、あの時は冗談だったから詳しくは説明しなかったが、こうなるとは……。
谷山は目を泳がせていたが、ややあって胸を張って言った。
「もちろんゴジラを倒したさ。人間だけじゃなくその他諸々魑魅魍魎から日本人を護るのが僕たちの仕事だからね!」
魑魅魍魎なんてどう言えば良いのやら分からなかったが、それとなく訳してシャリヤに聞かせると、彼女は興味深そうに頷きながら先を続ける。
"
「あーっ」
俺はそれ以上声が出なくなってしまった。どう答えたものか分からなくなってしまったのだ。映画の中の架空の怪獣だよ、と言ってしまうのは簡単だが、シャリヤの夢を壊したくはない。
谷山に訳して言ったところ、彼も閉口してしまったのであった。
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