#37 某手稿ほど酷くはない
"
そういって街の人がコップを持ってきたところで翠たちは作業を中断した。
結局のところ、シャリヤの手帳の中身は何が書いてあるのか良く分からなかった。最初の方は、日付と内容を綴っているような日記のような部分があった。途中からそれは途切れていて、関係ない絵だったりが描かれていた。多分以前シャリヤが翠に筆談で教えようとし、それを理解しようと頑張った翠の努力の残滓なのだろう。
それを懐かしいとは思いながらも、その前の内容にどうしても気が行ってしまう。以前の内容、つまり翠がここに来る前の内容が書かれているということだ。シャリヤにはいろいろと謎が多い。親族が家から一人も出てこなかったこと、それに関して悲しんでいる様子もない状態、エレーナにも共通するこの内容はきっとこの世界の現状にも関わっているはずだ。
(それにしても、文字が読めないと本当に何も分からないなあ。)
文字が読めるだけで、分からない単語が出て来ようが今まで覚えてきた単語を駆使して国際言語学オリンピックの言語パズルのように読み解けば、苦労しないとは言わないが解読者としては爆アドになる。シャリヤの手帳、スキュリオーティエ教典、辞書が存在しているうえ、レトラの広い街を探せば他にも文書が見つかるはずだ。それだけあれば十分なテキスト量で、言語理解もすいすい進むはずだ。
文字が読めれば、の話だが。
シャリヤたちは談笑している。興味深く街の人間の話を聞いている彼女の顔はいつにも増して輝かしい。
作業は"
それはそうと、休憩が終わればあとは自由時間なのだろう。一人一人持ち場から適当に離れて行っていた。
(チャンスだ。)
そう、シャリヤお嬢様に文字を教えてもらうチャンスである。前回は"y"の驚異的な謎の前に敗北してしまったが今回はとりあえず全部の文字を一気に見てラテン文字に結びつけてしまおう。多くの文章を使った言語パズル的解析作業には別に発音は必要ではない。発音は後々適当にするとして、文字の基礎的な発音の仕方とラテン文字を対応させれば脳内で大体の読み方も処理できる。
"
あれ、教えてもらうって何て言うんだ……?
いわゆる
"
うむむ、また長文だ。
"
もしかしたら、"
文脈的には「望む」とかが来るはずだが、"
"
考えるだけでなくちゃんと訊くべきだろう。別に座学をしているわけではないし、目の前にネイティブが居るのだから。
シャリヤは翠の問いを聞いて、悩んでいる様子であった。言葉で言葉を教えるのは非常に難しい。インド先輩も同じような話をしていたが、彼の場合はインドのタミル・ナードゥ州に住んでいた時に国際タミル語研究所と呼ばれる語学研究機関に通っていたらしい。その時タミル語を使ってタミル語を学ばされたことがあるらしい。その上、隣の席の学習者はドイツ人でドイツ語で喋らないといけないし、またその横は英語で喋り、その横はマラヤーラム語で喋り……という地獄状態であったらしく、家に帰ってくるたびに脳の回路が焼けるかと思ったとスカイプの通話で話していたのが記憶に残っている。
ともかく、シャリヤは手元に手帳もないし、こんなところでは落ち着いて話も出来ない。一旦帰って部屋に戻ってから話をするべきだと思った。
シャリヤに自分たちの部屋がある建物の方を指し示して一旦戻ろうということを表そうとする。シャリヤもそれに気づいたのか、頷いて一緒に建物に戻ることとした。
「平和……だな……。」
"N? Herrma?"
シャリヤが尋ねる。何かリネパーイネ語を喋ったのだと勘違いされたのかもしれないが首を振って、何でもないと否定する。
この平和がフラグにならなければいいが、ともかく文字を学んで、語彙を増やして、この世界の現状を知ることも一つ重要なことだ。やっていかなくてはなるまい。
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