#206 あんたなんか同胞じゃない


 授業はその後も続いた。アイル語は相変わらず全く分からず、時折それに混ざるリパライン語のようなリズムの音にも分かるものと分からないものがあった。生徒たちがわっと湧いたように爆笑すると翠は作り笑いでも良いから笑わなければと思って不自然に笑っていた。何故笑っているのか全く分からないが、とりあえず合わせておこうという同調意識が働いているのだろう。シャリヤはというといきなり笑いだした生徒たちへは不審そうな視線を向けるだけだった。質問が飛んできたり、発表が無かったことは幸いだった。リパライン語ですら答えに困るというものを全く分からないアイル語で答えようなど無理である。

 三時限目の授業が終わると生徒たちは教室の中から出て何処かへ行ってしまった。翠は空腹が強くなっていることを感じていた。教室に設置されている時計の針は昼食の時間というには変なところを指していた。先生が換気のために窓を開けると静かに風が教室の中へと入ってきた。横に座るシャリヤのその長い銀髪が風になびくのを彼女がおさえる様子に翠は見惚れていた。風が止まるとシャリヤと目があって、何か恥ずかしさを感じて後ろの席の方に視線を動かしてしまった。フェリーサは生徒の話に耳を傾けているようだった。隣に座るエレーナもそれに気づいたのかフェリーサの見る方を眺めていた。


"Siss tydiest彼らは……の fua nostusために行くの?"

"Jaうん, metista es jaだね."

"Nostus esノストゥスって harmie?"


 知らない単語の質問が自然に口から出てくるようになっていた。PMCFに来たと言ってもリパライン語が必要になるわけではない。むしろ、リパライン語を通して学んだほうがアイル語や他の言語を学ぶのが早くなるだろう。全てを一からやり直す必要はない。


"Lecu miそれは私が plasi la lex説明するわ."


 翠の質問に答えたいのかシャリヤは席から立ち上がって、胸を張った。自慢げに説明する彼女はいつも可愛かった。知的好奇心を満たせるだけでなく、可愛くて愛しいシャリヤを見つめられるので彼女に説明してもらえるのは一石二鳥だ。


"La lex esそれは knloanil'd食事する時の ferlk名前よ. Ririp esリーイプは knloano fal六時から 6:00 ler九時の 9:00食事. Rirnos esリーノスは fal 9:00九時から ler 11:00十一時. Nostus esノストゥスは fal 12:00十二時から ler 13:00十三時. noska ad kesuj esノスカとケズイは fal 14:00十四時から ler 16:00十六時. heska esヘスカは fal 19:00十九時から ler 20:00二十時ね."

"Firlexなるほど, paでも noskaノスカ ad kesujケズイ es......"


 そこまで言いかけて言葉が出てこなくなった。「違う」だとか「同じ」に当たるリパライン語の単語が記憶の中から思い出すことが出来なかった。シャリヤは首を傾げて理解に困っていたが、エレーナが意図を理解したように"Arあぁ"と声をあげた。


"Noska esノスカは xale riripリーイプと adit nostusノストゥスとヘスカ, heskaのようなものよ. Paでも, kesujケズイ es lerseneバネアートや xale baneartバネクリャナショ adit baneklianasho……や……のような, woltsaska, kask, et………………………………ね.

"Firlexなるほど,......"


 話を整理するなら、"noska"は"nostus昼食"と"heska夕食"の間のある程度重さのある食事のことを言うのだろう。それに対して、"kesuj"に対して挙げられている"baneartバネアート"は黒っぽい茶色の甘い匂いがする餡のようなもので、"baneklanashoバネクリャナショ"は羊羹のような素朴な甘さのお菓子だった。"lerseneレーゼネ"という単語も良く考えれば、レトラでエレーナに製菓材料店に連れて行かれたときに彼女は"co lirfあなたはレー lerseneゼネは好き?"と訊かれたような気がする。ともすれば、"lersene"は「菓子」を表すはずだ。後に挙げられていた"woltsaskaウォルツァスカ"や"kaskカスク"も恐らく何らかのお菓子なのだろう。

 ともすれば、"kesuj"は間食を表す名詞なのだろう。


"Ejなあ, coss es lartaお前たちはユエス zu klieレオネから yuesleone ler来た人間か?"


 いきなり背後からリパライン語で話しかけられ、翠は振り返った。訛った感じのリパライン語を喋っていたのは制服を着た生徒の一人だった。背後に居るのはその友達なのだろう。難民に興味を持っていたという様子だが、一人では話しかけられなかったという風に見えた。

 翠は自分が答えると話がややこしくなると思って、シャリヤを見やったが彼女は複雑そうな面持ちで俯いてしまった。エレーナもフェリーサも黙ったままに生徒を見やる。皆、PMCFに着たばかりでタカン人やスルプ人との距離のとり方が分からないのだろう。単純に言えば恥ずかしがっていると言えるのかもしれない。

 翠はジェスチャーを駆使して出来るだけ伝わるように努力した。


"Ciss es彼女たちは yuesleone'dユエスレオネの larta pa人だが mi es niv俺は違うよ. Mi'd icco es俺の故郷は nihon mal日本で felirca'd iccoフェリーサの故郷は es ai'rアイルだ."

"Hnふん."


 生徒は翠とフェリーサからは目をそらしてシャリヤとエレーナの方へと向けた。嘲るような目線が彼女たちを舐めていた。


"Lkurf nivリパライン語を lineparine'i喋るな cossape's俺らの……を zu tast misse'd……した dirsnielatお前ら……が. Fqa esここは俺 misse'd iccoらの国だ. Lkurf ai'r'dアイル語を lkurftless話せ."

"Ja, ja. jo cilaスィラ."


 生徒の取り巻きも賛同するように声を上げる。リパライン語のように聞こえるが、リパライン語ではない言葉――恐らくそれはスルプ語だった。


"Co es culp君はスルプ人なのか?"

"Jaああ! No io mi今、俺はスルプ人で jel culpo'cあることを感じるよ! Co at esお前もそう xale la lex ja思うだろ? Viojasti同胞!"


 生徒はフェリーサと翠の方を向いて同意を求めた。とてもじゃないが頷ける主張ではなかった。アイル人であるフェリーサはまだしも、翠のことを勝手に同胞扱いしているうえ、完全に関わってはいけなさそうな人間らしかった。無視して何処かへ逃げようと思った瞬間、机を叩きつける音が聞こえた。


"Coお前 las es nivは私の mi'd vioj同胞じゃない! Pusnist mal黙って iska!"


 フェリーサの剣幕はあまりにもいきなりだった。怒鳴りつけられた生徒は彼女の威圧に絶えきれず、後ずさりした。取り巻きの生徒たちも瘧にかかったかのように体を震わしていた。


"Harmie coお前は何で tanlat sissこいつらを eung......"


 捨て台詞のようなセリフを言って、生徒たちは翠たちの前から去っていってしまった。フェリーサの怒りは収まらないようで彼らが消えても怒りを吐き出すように大きな溜息をしていた。エレーナもシャリヤも彼女に何と言っていいのか分らない様子だった。翠自身もそうだった。

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