異世界転生したけど日本語が通じなかった

五十三日目

#285 レフィ先生にお任せ！

　自室のベッドに入ったのは何時だったか覚えていない。だが、目覚めはやけに平穏だった。寝ぼけた頭でカーテンの向こう側からやってくる光に目を向けた。青色の光だった。まだ、早朝の辺りだろうと思ってベッドから起き上がる気が失せてしまった。

　それに、昨日の邂逅と離別が衝撃的すぎて重なり合った記憶が悲鳴のような音を響かせていた。そんな共鳴に頭を痛ませる中で、低くくぐもった音で安定して響くのはシャルの言葉だった。

「これが俺の望んでいた世界、か」

　然り、だと思った。この世界は元居た世界と全く異なる異世界だ。言語は違うとはいえ、そんなことにはもうとっくに慣れてしまった。ウェールフープなるチート能力だってあるし、ハーレムとまではいかないが慕ってくれている後輩が居る。

　これが元々俺が望んでいた展開だったんじゃないのか？　シャリヤだって両親が居て、学園の人気者でわざわざ記憶を思い出すより、今のほうが幸せなんじゃないか？　考えれば考えるほど、良くわからなくなってくる。

"Xatvasti（先輩）!"

　そんなことを考えていると外からレフィの声が聞こえた。玄関の方から鍵が開いた音が聞こえてくる。彼女は合鍵を持っているらしい。しばらくするとウェーブの掛かった桃髪のツインテールが見えてくる。紺色のワンピースとベージュのケープ、胸辺りでケープを結ぶリボンは今日は緑色のものだった。

　制服姿のレフィはベッド脇にまでやってきて呆れた顔で俺を見下ろしてきた。

"Xatvasti（先輩）, liaxu co（今寝てた） sulaun fal no（んですか）?"

"Edixa mi pen（昨日あんなことが） xelerl fal no（あったんだから） cun nestil io la（今目覚めた） lex xale iulo mol（ところだよ）."

"La lex es（それは良く） niv vynut ja（ないですよ）, xatvasti（先輩）. Cun（だって）, lartass lkurf（人々は次のよう） ny la lex（に言いますから）. «farte pener（……の起きる） la xelerl molkka（人は勝利する）.»"

"Ja（あぁ）......"

　多分、早寝早起きしたほうがいいというようなことを言っているのだろう。それはそれとして、俺はレフィが左手に持っている紙とペンケースに意識が向いていた。何か用があって来たことは間違いなさそうだ。

"Lirs（まあ）, harmie co（なんで君は） klie fqa'c（今ここに） fal no（来たんだ）?"

"Ar（あぁ）, Xatvasti（先輩）! Selene mi（私、先輩と） lersse lasvinielet（……を勉強） co'tj（したいんです）."

"Lasvinieletesti（ラスヴィニェレト）?"

　レフィは左手の紙を右手に持ち直してこちらに見せてきた。長々とした文字列はリパーシェで書かれていて、リパライン語らしい。記入欄まであるということは恐らく宿題のプリントなのだろう。"Lasvinielet（ラスヴィニェレト）"という単語は多分「課題、宿題」というような意味に聞こえる。

"Selene mi veles（先輩に……の） kantio xatva'st（……に関して） mels khelten（教えて欲しい） ciantlyr（んですよ）. Mi es snietij（私はそれを勉強する） mels（のに関して） lersseo la lex（難しいんですよ）."

"Khelten（ヘルテン） ciantlyr（スャントリュー）...... es harmie（って何だ）?"

　それを聞いたレフィは口をぽかんと開けた。数秒の沈黙の後に、彼女は怪訝そうに眉を上げた。

"Metista edixa co（もしかして、先輩） gennitek khelten（ヘルテン・スャントリューを） ciantlyr（忘れたんですか）?"

"Ar（あぁ）, ja（そうだ）, mi qune niv（知らな） la lex ja（いよ）."

"Aaar（ああぁ）......"

　うなだれてレフィは床にへたり込む。いくら自分が悪くないとはいえ、彼女が可哀想に見えてくる。もはや、いたたまれない気持ちになってくる。

"Nace fua（忘れてて） genniteko（ごめん）."

"Niv（いえ）, la lex es vynut（それは良いんです）."

　がばっと起き上がったレフィはまっすぐこちらを見つめた。桃色のウェーブの掛かったツインテールが隙間風にふわりと浮いた。

"Lecu mi kanti（私がヘルテン・） mels khelten（スャントリューを） ciantlyr（教えます）......!"

"Pa（でも）, co es snietij（それを勉強するのは） mels lersseo la lex（難しいって）. Edixa co lkurf（そう言わな） niv la lex（かったか）?"

"La lex es（それは）...... jopp（えっと）......"

　レフィの顔は段々と赤らんでくる。沈黙の間に耳まで真っ赤にして、視線をこちらから逸す。なにかおかしいことを言っただろうか？　そういえば、"es（エス） snietij（スニェティィ） mels（メルス）"という構文はあまり聞いたことがなかった。特殊な意味でもあったのだろうか。

　そんなことを考えているとレフィは目をつむって、手を握りながらこっちを向いた。

"Mi'st quneerl es（何も知らない） firlexer niv als'it（人よりは知って） le firlexen（ますから）!!"

　勢いよくいうと、彼女は部屋に備え付けられたテーブルの上にドサッと課題とペンケースを落とした。そして、その向かい側を指し示す。どうやら、そこに座れということらしい。

　彼女はいつの間にか仁王立ちになって、こちらを見下ろしていた。その顔はそれまでの羞恥に満ちたものとは打って変わって、自身に満ち溢れたものだった。

"Icveaines kantier（レフィ先生に） l'es lefhi'c（……してください）!"

　俺は寝ぼけ頭をハッキリさせる事もできず、仕方がなく「レフィ先生」の講釈を待つことしか出来なかった。