第五部 Lersaesol
卌五日目
#234 知るために
全身が鉛のように重い。目も開けられず目蓋がまるで張り付いたかのように思える。香ってくるのはほんのりとした甘い香り、息苦しいが心地よい柔らかさにも思える。
何故意識を取り戻したのだろうか? いや、意識がなければこの質の経験を感受することは出来なかったのだろうか?
自問自答が始まる。だが、そんな内省も体中に覆いかぶさっていた比重が失われて、目蓋から差し込む光で中断させられる。
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意味のわからない言葉に答えることは出来ない。喉の奥に力を入れることが出来ない。重い鉛が全身に注入されたかのように細部までが重かった。動けないままに何者かに体に触れられているのが分かる。撫でる手が頬を擦れて、目の方へ――
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「あい、痛てててて、おい、止めてくれって!」
あまりの痛みに相手を掴んで押しのけようとしてしまった。目蓋を目から引き剥がさんばかりの横暴に完全に頭がすっきりした。
目の前に居たのは忘れることもない因縁の少女、インファーニア・ド・ア・スキュリオーティエ・インリニアであった。トレードマークの黒い短髪はやけに涼し気な印象を与える。オブシディアンブラックの目は奇妙そうにこちらを見つめていた。
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"
インリニアは我知らずという表情で下手な鼻歌を歌っていた。ねぼすけを起こすのに目蓋を剥がそうとする人間が一体何処の世界に居るというのか? この異世界ファイクレオネでもそんな人間は見たことがない。まるでシャリヤとは正反対である。はっきり言って可愛げがない。
シャリヤが脳内に浮かび上がるとともに一つ重要なことを思い出した。
「そうだ、シャリヤ……!
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インリニアが指す方向にシャリヤは横になりながら、きょとんとした表情でこちらを見つめていた。まるでこちらが目覚めたのと同時に目覚めたかのようにシャリヤは俺を見ながら呆けていた。
そんな彼女の元へと自分の体は無意識に動いていった。抱きしめると共に彼女が共に居ることを大いに喜んだ。
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"
でも?
彼女は俺たちの周りを見回しながら、段々と不安な表情を強めて、そして言った。
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その言葉につられて初めて身の回りの風景を確認した。整備されていないような森、木に蔓が引っかかっていて道という道は獣道のようなものしか無かった。俺も驚くような仕草をしたからか、シャリヤの心配そうな表情は更に深まっていった。
インリニアはため息を付きながら、首を振った。
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シャリヤのつっこむところなんて始めて見た気がする。彼女は俺に見られていることに気付くと顔をほんのり赤くして、顔を背けてしまった。
それはともかく夕張が言ったとおり、あの飴は夕張の居るところに連れて行ってくれるものだったらしい。もしこれが、本当なのであればこの陸続きに夕張が何処かに居るということになる。
彼の言葉には不可解な物が多い。ラーデミンのコア、主人公とヒロインの用意、アフの子孫、八ヶ崎翔太、物語・英雄・世界の創造、そして俺自身が四人目の主人公だという言明。そのうちのどれもはっきりと分かったものは存在しない。夕張悠里自身からしっかりとした話を聞く必要がある。そうして、インド先輩の仇を取るべき人物なのかをはっきりと見極めたかった。
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インリニアの言った良く分からない言葉をシャリヤが即座に説明してくれる。さすが長年付き合ったパートナー、分からない箇所が発生していることを瞬時に読み取って分かりやすくパラフレーズしてくれるのはお手の物である。長年といってもまだ一ヶ月ちょっとだけど。
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開けたところに出れば、人や街も見つけやすくなるだろう。そのためにはまずこの森を脱出しなければならない。夕張を探すにもまずは自分たちが何処に居て、どういう状況なのかを理解せねばなるまい。
シャリヤもインリニアも異論は無いようで、無言で頷いてくれた。二人の肯定を確認して、俺は乾燥した地面から立ち上がった。
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