#11 ウラジーミロヴィチ


 さて、シャリヤが部屋を出て行って十数分経ったが未だに戻ってこない。誰も知らない、何も分からないこの地で無味乾燥な部屋に残されて気分も真っ白になってしまいそうだった。

 だが、行動には慎重を要する。翠には成し遂げなければならない目標がある。そのためにはまだ死ぬことはできなかった。


(そうだ、折角異世界に来たんだ。チートを使って英雄して、甘酸っぱいハーレムを構成するまで俺は死ぬことは出来ないのだ…………ッ!)


 「英雄する」などという単語は辞書にない。だが、翠は帝大の執念深いアイヌ語学者ではないので何時までも言語学習をしているわけにもいかなかった。直ぐに英雄となって、チートで努力せずにハーレムととんとん拍子で報酬を勝ち取りたかった。そのための現実世界での苦しみではなかったか。

 そんなことを考えているうちに開いたままのドアの向こうに映る人影が見えた。


(シャリヤが戻ってきたらしいな)


 そう思って無意識に翠は身を直していた。開いたままのドアを怪訝そうな目で見ながら入ってきたのは黒髪の少女であった。翠を見ると少し驚いたような顔をして、十数分前までシャリヤが座っていたところにまで来て座った。


"Xalijaシャリヤ tydiest?"

"......?"


 シャリヤについて話してることは分かるのだがそれ以上はやはり語彙力不足で何を言っているか分からない。日本語・異世界語単語帳でもあればすぐに会話も楽々できるようになるはずだが、こんなハイファンタジー空間にそんなものはあるはずもない。だが、何も言えずにいてもただ気まずいだけである。

 そういえば、黒髪の少女の名前は訊いていなかった。それで話を繋ごう……。


"Merc, mi es jaえっと、俺の名前はzugasaki.cen. Co es?八ヶ崎翠なんだけど、君は?"

"E? Mi'dえ?私の ferlk es?……ですか?"

"Ja.うん"


 文脈的に"ferlk"は多分「名前」だろう。


"Mi es skarsn私の名前はスカースナa haltxeafis elerna.・ハルトシェアフィス・エレーナ"


 そういえば、問題としていなかったことが他にもある。名前の形式についての問題だ。

 大抵の現代の日本人の名前に対する意識は、現代日本語名と英語名に慣れ過ぎているせいで姓(苗字) - 名(いわゆる後ろの名前)の形式に縛られがちだ。異世界ものの定番として何故かヒロインの名前が西洋名を借りたものになっている場合が多いが、これの順番は名 - 姓であることが多い。人名の事情はこんな簡単なものではなく、例えば韓国人の姓の5つは韓国の国民の五割ちょいを占めていたり、タミル人やアイスランド人はそもそも姓というシステムを持たなかったり、ロシア人の名前には父親の名前を性によって変化させて「~の息子・娘」というのを名と姓の間に挟むという父称というシステムがあったりする。これに従うとヴラジミール・ウラジーミロヴィチ・プーチンはつまるところ「プーチン家のウラジミールの息子・ヴラジミール」と解釈できるんだろうか。ロシア語は良く分からないのだが。

 …………ということをインド先輩が言っていたわけだが、つまり名前にも色々な形式があるわけなのだ。ただ、語彙数が少ない今確認しようとすることは難しいだろう。


 そんなこんなで、黒髪の少女エレーナと一緒に座っていると部屋にプレートを持ったシャリヤが入ってきた。


"Cenesti! Edixa mi fenxe knloanerl ja!"


(おっ?食い物か…………?)


 食い意地の張っていた翠はシャリヤの持っているプレートに目が釘付けとなってしまっていた。

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