#56 ご都合主義のご都合はなんて意味だ?


 大いなる誤算であった。


 最初から全員が全員翠が"fentexolerフェンテショレー"ではないことを信じていないということを知っていた。自分が害を加える敵であると一部では見なされていると知っていた。長らくの戦争の間、お互いの陣営が人の死とその思想や力関係によって対立し、相手方を軽蔑していただろうことは良く分かる。それが自分に向かってきたのもちゃんと理解していた。でも、シャリヤだけはそんなことが当てはまるはずもない聖域だった。この数日間自分が試行錯誤しながら、この世界に慣れてきた末に得てきた信頼関係。しかし、それも脆く壊れ去った。主人公ヤツガザキ・センが理由も理解できずに。


 自分は異世界転生ものの主人公だし、この世界にやってきたのも何らかの意図があって、女神とかそういうのが何かの目的でここまでやってきたに違いない。でもそんなことは一言も言われていないし、こうなったら、自分勝手に異世界生活を楽しんで主人公としての快楽を最後まで求めるのが上等であろう。翠にはそれがチートで最強になって可愛いヒロインを集めてハーレムを作る事であったのだ。別にラノベの世界だけの話ではない。他人に自分のことを受け入れられ、認められるということは多くの人が求めることだろう。


 そういった妄想に浸かって、自分が世界に受け入れられている状態、つまり自分が主人公である限り自分にハードモードは訪れないだろうと考えていた。楽観視していた。しかし、それは少しばかりの誤算で遮られた。言語が通じず、ライフル銃があり、人同士が争いあって、出会った女の子たちが無条件に自分の行為を評価せず、持ち上げたりもしなかった。そこでこの異世界が、異世界でも何でもなく当然の人間社会であるうちの外国と同じであることに気付くべきであった。


 だから、多分シャリヤが悪いんじゃない。人は一人で生きていくことは難しい。だからこそ社会を伴って人と共生していく。翠に広く疑いが掛けられたならば、その翠に関係しているシャリヤたちの身はどうなってしまうのだろうか。シャリヤにも手助けを求められる人間が居たとは考えられない。レトラの人間ではない上に、親兄弟がどこにいるのかも分からないのだ。それなのにこの主人公オレは皆が自分に都合のいいように動いてくれるに決まっているなどと高を括っていたのだ。


「馬鹿だ。」


 投げ出した傘を拾うことも出来ず、ただ茫然と立ち尽くしていた。どれだけ立っていたかは全くもって覚えていない。スマホのストップウォッチで測ったりする余裕なんかがあったら多分それは頭がおかしいかサイコパスだろう。それくらい何も感じず、何も考えられずに立ち尽くしていたので服は完全に濡れてしまっていた。くしゃみを一つしたところで気が付き、体が小刻みに震えていることに気付いた。




 同居人がいなくなった部屋はすっかり寂しい状態になっていた。隣の部屋などに住んでいるはずのフェリーサやエレーナはドアを叩いても誰も表に出てこなかった。多分シャリヤと同じように翠から逃げたのだろう。彼女らは悪くない。恨むべきは自分たちが戦っている相手"fentexoler"なのだろう。そんなことを思いながら、部屋の中で食べられるものが無いか探していた。異様にお腹がすいていたというのと、何か食べ物を食べて気を紛らわそうとしていた。


(ん……?)


 テーブルに一枚の紙が置いてあった。赤いインクで書かれた文字は当然翠の書いたものではないのでリパーシェで書かれている。即ち、リネパーイネ語で書かれていることは確実なのだが、一つ気がかりなことがあった。


(筆跡がおかしい。)


 筆跡鑑定とかそういう技能持ちではないが、確実に自分に教えてくれた時のシャリヤが書いたものではないと気づいた。筆跡がなんとなく男性的でおどろおどろしい感じなのだ。感性がそう伝えてくる。シャリヤが書いたものでないとしたら、何者が書いた書き置きなのだろうか。レシェール?フェリーサ?エレーナ?それとも……ヒンゲンファール?

 憶測は止めるべきだ。この時のために自分は言語を学んで、更に学べる状況を作った。今の状況はシャリヤたちも翠も何の落ち度もない。はっきり胸を張って、「何でしょうか、翠に落ち度でも?」と言える身だ。だからこそ、こんな普通の異世界生活ラノベの主人公なら首を吊って死ぬような場面でも生き続ける事が出来る。市民らの勘違いを解いて、シャリヤとまた一緒に暮らすためにとりあえず誰の書置きであれ、不自然に机の上に残されているのであれば読まざるをえないだろう。


 決心したとたんに文字が読めてくる。分かる単語が浮かんでくる。この力は魔法でもチートでもなく、努力の結晶。これまでの興味と目的への純粋な努力だという事実を噛み締める。その流れを絶やさないために翠は書置きに目を凝らした。


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Coあなた ulesn fentexoler e'l.

Fastacergon f'ulesn, marler jat esoであること coあなた fau larta cixj fauli'ertnian.

E kelchli'es si ol彼または kelchli'es coあなた.

Mi aubeslkurf ny la lex.

En nivしない el fi'anxaフィアンシャ.


―nilier cossあなたたち

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 分からない単語が多い。辞書を引こうとしたところ強烈な眠気に襲われたが、無視して文章を読もうとしても頭に入らないので一度しっかり寝て次の日に読むべきだと思った。

 翠は寝床に入ろうとして、自分の着替えが無いことに気付いた。いつもはシャリヤが用意してくれていたのであまり考えていなかったがこういった弊害もあるのだ。この先は当分自分で身の回りの物事を片付けざるをえない。今まで何もやっていなかったのかという自責の念もあるが、異世界でそれも何も分からない状況でそう簡単に出来るはずもない。ご都合主義ならとんとん拍子で金が手に入って、服を買って、ギルドに行ってなんてことができるのだろうが、ここはそう簡単にはいかない。


 翠は適当に服を脱ぎ捨てて、下着のままで布団の中に入った。こっちの方が身軽でよいし、びしょびしょに濡れた服のままで寝床に入って寝るなんて到底気分が悪くなるだろうからこれでいいだろうと思った。

 翠はそのまま眠気に襲われて、意識を失ってしまった。

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