七日目

#57 誰がサイコパスじゃ


 度重なる振動、悲鳴、逃げる足音。

 爆発音と銃撃音、激しい光。

 破壊と死。


「うわっ!?」


 空気の強い振動に驚いて起きてしまう。窓の外の空は未だに暗い青色だったのでまだ夜も明けていない時間だ。それでも爆発音と銃撃音が鳴り響いている。直ぐに窓際に行って外がどうなっているのか見に行くと灰色の煙が上がっていた。フルオートで自動小銃を撃つ音も聞こえてくる。レトラが何らかの攻撃に晒されていると考えるのが明白だ。


 どんな異世界においても、自分のことは自分で守らねばならない。どんなにご都合主義の物語であったとしても、見えてくるのは何らかの格差を元にした弱肉強食の世界だ。平和とは無縁であるこの世界で、死なないためには自分で行動を起こす必要がある。だかしかし、翠の頭の中には一つ思い出すことがあった。


「……。」


 最初シャリヤの家から移動しようとしたとき、翠は自分に銃を向けてきた兵士に手を挙げて無抵抗を表したのに撃たれてしまった。防弾チョッキとか小銃とか持ち合わせすらいない翠には対抗手段もない。どう考えても攻撃の前に無力だし、そもそも何が攻撃しているのかも良く分からない。それが"fentexoler"なのか、それともレトラの内部で撃ち合っているのか状況は不明だ。


 とりあえず、逃げようと考えて鞄を取り上げて、辞書やメモ、ペンを突っ込む。読む予定だった書置きも辞書の中に挟んで突っ込んでしまった。そんなことまでして遂に自分が着る服が存在しないことを思い出した。先日床に無造作に脱ぎ捨てたあの服は湿り気どころではなくびしょびしょの状態であったし、シャリヤもレシェールもヒンゲンファールもこの状況でのほほんと着替えを持ってこれる状況ではないだろう。


(しょうがないスカートでもフリルブラウスでも何でも着てやる。)


 シャリヤが置いていった服があることを願って、ワードローブを開けるとそこには整理整頓された衣服が詰め込まれていた。全て男性向けの衣服で、女性向けの衣服でなかったことを考えると、驚いたことにシャリヤは翠が衣服に困ることを考えて先にこれを用意していたのかもしれない。やはり、シャリヤと引き裂かれたことは彼女自身が望んだことではなかったという気がしてくる。


 服を着て、荷物を携え、玄関から外に出て初めてどちら側に逃げればいいのかという疑問が浮かんできた。それまで何も考えず茫然に逃げなければと考えていたからだ。窓側から煙が立っていることを考えるとまず出口方向に逃げていくのが良さそうに思えてくる。ただ、煙が立っている側が危険ということは分かるが、その反対側が安全地帯とも限らない。レトラが全体的に包囲されている可能性だってある。もしそうだとしたらどうしようもないが、どのみち死ぬなら試してみる価値はあるはずだ。


「あ……。」


 出口から出てきたとき一人男性が倒れていた。うつぶせになっているからいいとはいえ、倒れた地面に真っ赤な血が流れていた。普通、異世界転生ラノベならここで「リザレクション!」だの「リカバリー!」だの言えば生き返るんだろうが、ここには魔法なんてちっとも見受けられない。どのみち血を流して倒れているところを見るとこの付近で戦闘が行われていたということになる。死体を見たという事実はそこまで心に響かなかった。それはもたもたしていれば次は自分であるという事実と「人は死ぬときは死ぬし、生き残るときは生き残る」という誰かの発言を思い出したからであった。人並みに死体に対して倫理は持っている。別に自分はサイコパスじゃない。


「……。」


 それでも気になって死体を見てしまうのは死体から何らかの情報を得られないかということを探していたからであった。見つけたのは小銃である。自然に手が動いて、手元に抱えている小銃を引き出そうとしていた。敵らしき人間がいるところでたったの一つも対抗手段がないのは酷すぎるから、追剥ぎまがいでも自分の命を守るにはしょうがないことだ。小銃は倒れた体の下敷きになっていたので気を付けて小銃を引きずり出した。もしうつ伏せになっているところをひっくり返して死に顔を見ることになったら、最後まで心に傷を負いそうだったからだ。


 銃を引きずり出すと、これだけでは不十分なことに気付いた。ゲームやご都合主義ラノベと違い銃弾は無尽蔵にあるわけでもない。弾薬がどれくらい入っているか確認する必要があった。シャリヤに撃ち方を教えてもらった時のリロードの要領で弾倉を外して弾倉を確認すると銃弾が上まで詰まっているように見えた。これなら大丈夫そうだが、この人がフルで装填された状態で死んだのかもしれないと思うと非常に可哀想に思えてきた。誰かが言った通り、人はあっけなく死ぬときは死ぬのかもしれない。


 あとは銃弾がなくなった時のために装填済み弾倉を貰おうと思ったがタクティカルベルトを引きずり出すには体に触れる必要があった。あまり触れたくなかったが背は腹に変えられないものなので腰あたりのバックルを外してベルトを一気に引き出すと体ごとぐるぐる一気に回ってしまった。見たくない死に顔が見えると思ってそっちの方には目を向けずタクティカルベルトらしきものを引き出して目を瞑って即座に死体に背を向けてしまった。だが、勢いよく引き出してすぐにそっぽを向いてしまったためにからからと物が色々と落ちる音がして気付いたが内容物が全部落ちてしまったようだった。全部落ちたわけじゃないと希望をもって手元のベルトを見ても血まみれのそれしか残っていなかった。


「…………。」


 我ながら男らしくないと思うが、普通の人間なら死体に触ったり、その死に顔を見たいとも思わないはずだ。だが、この場合はしょうがない。見てしまっても知らぬ存ぜぬのふりをしていれば大丈夫だと思う。というか、そう思わなければ何かが自分の中で生じそうで怖かった。


 振り向いてすぐ自分の後ろに落ちた同型の弾倉だの色々を拾い上げる。ポケットに入れるだけでは持ち切れない。血まみれのタクティクスベルトを着用する他どうしようもないことに気付いた。嫌々ながらこれも付けるほかなかったが、落ちたものを拾い上げて色々と収納していくうちに不意に死体の顔を見てしまいそうになって顔を下に向けたまま頭を振った。

 弾倉一つ、弾倉二つ、弾倉三つ、四つ、ピンの付いたグレネードのようなもの、良く分からない注射器は分かる人に渡せば使えるのか分からないが回収しておいた。ナイフや食糧のようなものも見えたが、接近戦なんて引きこもりもどきができるわけがないし、食糧のようなものが入ったビニールは血が表面を這う水滴のように付いていたので触りたくもなかった。


 取るものを盗ったら、次は自分がこの状況を抜け出せるように動かなければならない。翠のような人間が敵側に見つかれば殺そうと仕組むはずだ。この撃ち殺された男と同じように。でも、ここで死ぬことは許されない。未だ自分が何者か、この世界が何なのか、自分が今いるところは何故戦いに溢れているのかを知らない。そんな状況で死んでいくなんてのは嫌だ。


「……リカバリー。」


 去り際に罪悪感を感じ、背を向けながらも手を死体の方に、つまり後ろ側に向けて魔法でも発動すればと思いながら小声で言ってみた。どうせ、この世界には魔法など存在せず、この男が生き返ることもない。そういった現実的な冷たさに逆に安心感を持っていたりした。しかし、そんな予想とは反して翠の耳には小さいうめき声が聞こえた。


「えっ?」

"Plaxお願いだ......fentexoler'iフェンテショレーを......"


 か細い声を出す方に振り向いてしまう。今まで死体だと思って漁っていた体は少なくとも意識を持っていたのだ。それが力を振り絞って自分に何かを伝えようとしている。でも、怖くて、得体の知れない気持ち悪さがあって、しっかりとその目を見ることができなかった。焦点の合わない目でその傷ついた体を見ながら、声を聴くことしかできなかった。


"fentexoler'iフェンテショレーを......"


 ばたんと何かが落ちる音がした。手かもしれない、上半身かもしれない、頭かもしれない。いずれにせよそれ以上声が聞こえなくなって、誰かがレトラに攻め込んでいるというのに雀の涙ほどの音も聞こえなかったので本当に怖くなってしまった。しかし、それと共に自分が対峙しなければならない敵が明確になった。つまり、レトラ市民もレシェールたちもそしてその濡れ衣を着せられた翠自身が誅するべき諸悪の根源であるフェンテショレーである。



 翠は決意を新たにして、歩き出した。

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