#299 私には先輩ただ一人しか居ないから
大雨が収まる気配はなかった。歩道を走って周りを確認する。レフィの姿はどこにもない。走って止まってを繰り返しながら、人影を探した。しばらく進むと雨水が溜まっている場所に突き当たった。近くにある大きめの用水路が氾濫しているらしい。濁流が一帯を水没させていた。
「まさか、どこかで立ち往生しているんじゃ……」
その予測は当たることになった。試しに辺りを見渡してみたときに二人の人影が目に入ったのだ。レフィとガルス、彼女らは俺を見て絶望的に不安そうな顔を一瞬だけ気づきの安心に綻ばせた。
しかし、レフィはすぐに俺を押し止めるように掌を向けてきた。
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二人が居るのは氾濫して流れが早くなっている用水路の隣を一段上がった小さな祠のような建物だ。雨こそ防げる場所だったが、水位はギリギリまで迫ってきている。このままでは二人共水流に流されてしまうが、かといって近づくにも激流が邪魔だ。
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「くっ……」
状況に引きつけられていた。レフィの言っているように学園に戻って誰かを呼んだほうが良いのだろう。しかし、学校に戻り、伝えるべき誰かを探し、稚拙なリパライン語で状況を説明しているうちに水位は無慈悲に上がり続けるだろう。そのうちに彼女たちが流されてしまったら、元も子もない。しかし、だからといって何か別の方法があるのだろうか。
そこまで考えたところで、一つ思いついた。
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レフィは不安そうにこちらを見ていた。ガルスは泣き出しそうな顔をしている。俺は意を決して、掌を濁流に向ける。反応があれくらい激烈なものならば、出来るはずだ。
濁流に意識を集中させ、レフィのケープに火を付けたときの感覚を増幅させる。
「一か八かだ……!
瞬間、レフィたちの居る小さな建物への道が開かれる。濁流の一部が完全に干上がっていた。
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"......!"
レフィはそれが長く持たないと分かっていたのか、すぐにこちらに走ってきた。ガルスもそれに付いてくる。二人が安全に渡れたことを見届けるように、濁流は再び目の前を流れ始めた。同時にずんと体が重くなる。全身の血液が鉛にでもなったようだった。おそらくウェールフープによる反動だろう。
ガルスを学校の然るべき人に引き渡してから、俺たちは寮まで戻った。着替えた後に俺は自室で一人うなだれるレフィの部屋へと伺った。
彼女は完全に意気消沈という感じで顔を下に向けていた。制服は濡れたままで、着替えもしていなかった。くしゅん、とくしゃみを一つしてから彼女は俺の足元に視線を向けた。
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"......"
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うなだれたレフィはこちらの足元からすら視線を逸してしまった。バツの悪い沈黙が続く。そんな沈黙を言葉で満たすようにレフィは言葉を紡ぎ始めた。
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細々とした、震えた声だった。それが雨に濡れて冷えていたからだけではなく、彼女が真相に触れようとしていたからだということを俺は直感した。
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"
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何かを嘲るような口調でレフィは真の名前を述べた。雨音に外の音は全てかき消され、部屋の静寂がまざまざと自分たちの前に現れていた。
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"
全てを聞かなくても、奇妙な類似性を感じていた。良く似ているのだ。シャリヤの人生と。
レフィは雨音を聞いて気を静めているような一瞬をおいて、また喋り始める。
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"
レフィの表情は見えないが、ゆっくりと頷いていた。ツインテールの先がふらふらと振れていた。
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レフィは顔を上げて、こちらを見てきた。彼女の瞳には涙が溢れていた。
"
ぽろぽろと涙が溢れる。俺は彼女に静かに近づいて、優しく抱きしめた。レフィは強く抱きしめ返してきた。痛い。だが、これは彼女の秘めてきた辛さの痛みの一割も代理していないだろう。
それを理解しているだけあって心が締め付けられる。一体、俺はどうすれば良いのだろう。何も思いつくことはなかった。
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嗚咽とともにとめどなく流れていく言葉を耳元で受け取る。それとともに今のシャリヤと同じ二面性が彼女にもあったことが生々しく心に刻まれた。
ラーヴァヌーとしてのレフィ、リパラオネ人としてのレフィ。どっちかが本物で、どっちかが偽物と言うことが出来るのだろうか。
彼女の冷えた身体を抱きしめ、温めながら、また同じ問題に戻ってしまった事実に頭を痛めていた。
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