#365 尾行者


 部屋に戻ってから、買い物袋の中を弄った。抽選感覚で袋の中をかき混ぜてから、一つ取り出す。取り出したものはどうやら麺のようだ。イメージ図はカレーうどんのような雰囲気だが、色はカレーというよりハヤシライスっぽい。大きく書かれているのは "phertarrarsiten辛い curibajmorberne'd……の faisnyxte……" だ。この料理の名前なんだろう。辛いのかもしれないが、シャリヤが辛いものを苦手にしていたようにリパラオネ圏の辛さはもしかしたら全然辛くないのかもしれない。


「今日の夕飯はお前だ」


 さて、袋の後ろの方には作り方が書いてあるはずだが……もちろん日本語や英語で書かれているわけもなく、全文リパライン語……と思いきや、複数の言語で書いてある。流石、多民族国家と言ったところだろうか?

 取り敢えず、リパライン語でどう書かれているのか見てみよう。


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Knloanel食べ方:.


1. Moute faisnyxteこれの袋から小袋と ad jiejutertz lerj……を……して fqa plax下さい.

2. En jiejutertze'd小袋の……を uies'i 0.4'd dysi……に……'d xupur'c plaxして下さい.

3. Aftlat larj lernil……が離れるとき faisnyxte plax……して下さい.

4. Co en la lex'iあなたはそれを vesesne'c melx……に入れて lecu knloan食べましょう!

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 なるほど、結構色んなところが分からないが、取り敢えず推測出来るところから考えてみよう……と思って、袋の端を丁寧に引っ張って開ける。

 中に入っていたのは学校給食に出てくるソフト麺みたいなものと "jiejutertz小袋" と言うには少し大きめの袋だ。袋のほうがこれだとしたら "Knloanel食べ方" の「1.」のところで説明されている単語―― "ad~と~" で並列されている "faisnyxteファイスニュシュテ" はおそらくこのソフト麺を指しているのだろう。そうなってくると、多分この "mouteモウテ" というのは「取り出す」ということなのだろう。

 「2.」の説明の理解は結構微妙だ。小袋をどうにかするということは分かったが、それ以外はよく分からない。小袋を振るとしゃかしゃかと音がした。麺を茹でる前にスープを作るのだろうか?


 辞書を引こうかと悩んでいたところ、玄関の方からチャイムの音が響いた。こんな時間に誰だ、と思って訝しんで、出るかどうか逡巡しているうちにチャイムを何度も鳴らされた。何か警戒させるようなものを感じながらも、玄関に近づいて鍵を開ける。

 その瞬間、ドアが勢いよく押し開かれ、何者かが突進してきた。


「なっ!?」


 反応するにも時間が足りなかった。そのまま、玄関先に押し倒される。

 しかし、危機は感じなかった。その相手が、スーツルックの髪が短めでほんわかしたアホそうな童顔の――豊雨だったからだ。

 紅潮した彼女の顔が目と鼻の先にあった。半分涙目の豊雨は息を荒げながら、焦った様子だった。


「ご、ごめんなさい! 八ヶ崎さん、匿って下さい!!」

「は、え、ええ……?」


* * *


「一体何があったんです?」


 豊雨を落ち着かせて、リビングに座らせてから問う。彼女はため息を吐きつつ、警戒するように玄関の方に視線を向けた。


「誰かに尾行されてるみたいなんです」

「尾行?」


 聞き慣れない言葉に語尾が上がってしまう。そんな俺の反応に豊雨はこくりと頷いて先を続けた。


「今日は公用車じゃなくて、歩きで家に帰ろうとしていたんです。そしたら、ずっと背後に視線というか、気配を感じて……振り向いたら路地とかに隠れるんですよ! こっちは女一人だから、正体を暴くわけにも行かなくて……すごく、怖かったです……」

「なるほど、まるでストーカーみたいだ。いつから追われていたんですか?」


 尋ねると豊雨は頬に指を当てて、考えるような仕草になる。


「うむむ……分かりません。大使館の周りは人が多いので、出たときから追っていても気配は分からないでしょうし、とにかくはっきりと尾行に気づいたのは人の行き交いがある程度落ち着いた遊歩道でだったので」

「ふむ」


 ただのストーカーか、或いはヴェアンの背景にある何かがこれに関わっているのか。先のドキュメントのこともある。情報漏洩を恐れたニーネン・シャプチやジエールがあの授業に居た国の外交官を嗅ぎ回っている可能性も捨てきれない。

 いずれにせよ、豊雨が何者かに追われていた事実は重大だ。


「警備官に連絡しましょう。悪い予感がします」

「そ、そうですね! 谷山陸佐なら何か考えてくれるはずです!」


 豊雨は立ち上がってPDAを取り出し、部屋の隅に移って電話をかけ始める。

 そんな彼女を横目に、俺はレトルト麺の調理に向かった。寒い外で追われていた彼女にはホッとしたものを食べさせてやろう。そう思っていた。

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