#226 戦わない


 多くの難民たちの元に到着すると共に翠は進んでいた。蒼い旗、プラカードが周りを埋め尽くす中、多くの声が団結して主張を繰り返していた。周りはビルに囲まれていて、本当に大都市のような様相を見せていた。

 大きな行進に周りの人々は様々な反応を示していた。片や驚きと共に見つめるだけだったと思えば、指を指して嘲笑するような輩も居ないわけではなかった。ある程度歩き続けると周りに記者たちが集まってきた。写真を撮ったり、何かを書き留めるのに必死な記者が行進になんとか追いつこうと行列の横を歩いていた。

 誰もそういった人々を遠ざけようとはしなかった。これが目的通りであったからで顔には出さないにしろ、計画通りに事が進んでいることににやけそうになっていた。さっき絡んできたPMCF人も問題を話し合う風潮からは避けられないだろう。


"Cenesti, xel la lexあれを見て!"


 シャリヤが指さした方向には誰かの胸像が存在していた。質素な服を着ていて、その表情は朗らかだった。頭の髪は一本にまとめられている。胸像が建てられるほどの功績を残した男性らしいが、シャリヤが何故それを知っているのかは良く分からなかった。


"Harmae si es彼は誰なの?"

"Si es ales.lin彼はアレス・リン. Si laozia彼がリンツクラー linzklar文字を作ったのよ."

"Edixa si彼は文字を laozia lyjot作ったの?"

"Jaそうよ."


 シャリヤは彼に憧れているようにその胸像に目を奪われていた。今のPMCF人とは全く違う服装をしているあたり、大分昔の人間なのだろうということが感じられた。

 リンツクラー文字といえばセーケだったり、フェリーサが賭けでやっていたカードに書かれている文字である。以前、シャリヤに説明されたときはあの文字は表語文字の一種らしかったが、それを作ったのはアレス・リンという人物だったらしい。

 自然言語の文字を作り出すのは何も変わったことではないとインド先輩が言っていた気がする。本来文字表記する慣習がなかったクリー語やイヌクティトゥット語などは現在カナダ先住民文字の一種で書かれることがあるが、これは1840年頃に宣教師であるジェームズ・エヴァンスがデーヴァナーガリー文字などから考案したものだ。チェロキー音節文字は1820年前後にシクウォイアによって考案され、インディアン部族の一つであるチェロキー族が話す言葉で用いられている。文字を発明する人間は歴史上に絶えないが、表意文字を発明した人間が居るというのはあまり聞いたことは無かった。


"Edixa si es彼はとっても set vynut良い――"

"Uttujaウットゥヤ korxli'a-ma難民-マ nannumaナンヌマ cheporチェポー!"


 シャリヤが意気揚々と説明をしようとした瞬間に被せるように意味のわからない言葉の叫びが聞こえた。その瞬間、静寂だった行進の列がざわついた。行進が止まったことにシャリヤも翠も何が起こったのかと周りを見渡していると、倒れ込んだレシェールの姿が前方に見えた。


"Ers vynut大丈夫, lexerlestiレシェール!?"


 倒れているレシェールに真っ先に近づいたのはフェリーサだった。顔面蒼白の様子で近づくフェリーサを手で押し留めて、彼は何もなかったかのように立ち上がった。額から流れる血で顔が血まみれになっていた。彼の近くには赤く染まった石が転がっていた。行進の外から誰かが石を投げ込んだのだろう。

 そのことに気づいた参加者たちは血眼で石を投げ込んだものを探していた。敵意に満ちた視線が周りのPMCF人を無差別に睨みつけていた。シャリヤはその雰囲気の変化に敏感に反応していたようで、急に翠の袖を掴んで背の後ろに隠れてしまった。緊張は高まって、デモの参加者とPMCF人たちが衝突しそうになった瞬間、レシェールの一喝が響いた。


"Es vosepust'i行進をしろ! Elm niv争うな! Lus lkurftless言葉と表現を ad qanteel使うんだろ!"

"Lexerlestiレシェール......"


 デモの参加者たちは一挙に皆、我に返ったかのように規定のルートの行進へと戻っていった。非暴力を訴えた翠の言葉はフェリーサにも、レシェールにも、そしてこの場にいる全ての参加者に伝わっていた。シャリヤも周りの雰囲気が元通りに戻っていくのを、袖をするりと離して感動した様子で見ていた。フェリーサは依然イライラしていたが、それを振り払うように頭を振っていた。


"Xaceありがとう, lexerlestiレシェール."

"Deliu eso'i elxやるべきこと es liaxu. Ersをやって la lex lapいるだけだ. Fua celdino難民を助ける korxli'aために, vosepust esデモが…… jurlet. Ers……なん niv jaだろ?"

"Jaああ, paでも......"

"Mi es vynut俺は大丈夫だ."


 レシェールはそういって先に行ってしまった。それは彼なりの照れ隠しだったのかもしれないが、翠にとってはとても心強く感じられた。怪我をしてでも非暴力の方針を押し通せた難民たちの絆は確実に高まってきている。翠は行進に参加する人々を見ながら強くそう感じていた。

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