#244 八ヶ崎翠は砂糖生産工場になります
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シャリヤが両手をガッツポーズのように胸の前で握って言った。日は落ちかけていて、薄暗い部屋の四方には蝋燭が明かりを提供していた。古代なだけあって電気やランプのようなものは無いらしい。まあ、ただここまできていきなり魔法の街灯とかが出てきたら割と興冷めな気がする。
シャリヤもインリニアも壁にかけてあったエプロンを結んでいた。ただ、主に調理を進めるのはシャリヤとインリニアが中心で俺はその手伝いに徹していた。
テーブルの上の底の浅い鍋にはシャリヤが持ってきたベリーが入れられている。シャリヤはこれを持ち上げて既に火が付いていた薪ストーブの上のフックに掛けた。肉に付け合わせるベリー・ソースなのだろう。それに彼女は調理室に元々あった見た目からして動物性油脂のような固体とはちみつのような香りの粘っこいもの、それに他にも調味料を加えて様子を見ていた。シャリヤが鍋の様子を見ている間、インリニアは袋に包まれていたものを取り出していた。
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疑問に満ちた声を出すインリニアの手元を後ろから確認する。何故か取り出した肉は干し肉ではなく、普通の生肉になっていた。奇妙そうな表情をしながら、インリニアは熱して油を引いた鉄板に手際よくその肉を置いて焼いていった。両面が焼けた肉から土鍋へと移して、保温のために蓋を閉じていた。肉厚でジューシーな肉が焼けているのを見るだけで食欲がそそられる。そういえば、昨日にジャックフルーツのような果物を食べてから、何も食べていない気がする。そんな事実に気付くと空腹がまじまじと感じられるようになってしまった。薪ストーブの方から香る甘酸っぱいベリーの匂いも飯テロを増長していた。
ため息が漏れてしまう。
「こうなってくると
"Tong...... dzirl?"
適当に言ったぼやきをシャリヤは聞き逃さなかったようで復唱して首を傾げていた。そういえば、料理名にも地方によって言い方が違うものがあると聞いたことがある。
「もしかして、シャリヤは
"......?"
……
シャリヤは結局それ以上、俺に尋ねることはなく会話はそこで終了してしまった。鍋の中身のほうが重要なのは当然だろう。
二人が調理に集中している中、俺はこの状況の中で完全に手が空いた状態で暇を持て余していた。どちらかというと余裕がありそうなインリニアの方に近づく。久しぶりにリパライン語の単語でも勉強するとしよう。
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彼女の近くにあった蝋燭を指差す。肉の焼き加減を見ながら、彼女はそちらを一瞥すると涼し気な顔色を変えずに答えた。
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インリニアの本名は「インファーニア・ド・スキュリオーティエ」だった。このインファーニアと"
インリニアはそんな疑問に頷いて肯定した。
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蝋燭を表すリパライン語"infarna"は元々ヴェフィス語からの借用語だったらしい。確かにそれなら、インリニアの同根語の名前がリパライン語の単語と似ていてもおかしいことはない。
更に好奇心が引き立てられ、さらなる疑問が湧き上がった。ヴェフィス語とリパライン語の間で似たような単語が時折聞こえた理由が解決できそうな気がする。
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インリニアは焼きあがった肉を土鍋にまた移していた。移しながら、俺の質問に唸っていた。
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盛り上がってきたところでシャリヤの呼ぶ声が耳に入った。インリニアと二人仲良く彼女の方を向くとそこには紫色の宝石のように輝くものが鍋の中に入っていた。ベリー・ソースが完成したらしい。シャリヤは皿にソースを分けて、指に乗せてこちらに差し出してきた。
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横にいるインリニアがくすくすと笑っている。これはもしかして、「あ~んする」というやつなのだろうか。いや、確かに最愛の人の作った料理を食べないなんて選択は無いが、こんな展開は幾らなんでも口から砂糖を吐くどころではなくて八ヶ崎翠を砂糖生産工場にしようとしているようなものだろう。
戸惑っている俺を見て、シャリヤは一瞬目を逸したがすぐに仕切り直すように指を出してきた。
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ここで断ってもシャリヤが可哀想だと思い、俺は意を決してシャリヤの指先をなめた。瞬間、シャリヤは「ひゃっ……!」と声を上げて少し震える。ベリー・ソースは甘酸っぱかった。
お互いに恥ずかしさで目を合わせられない。微妙な空気になったところで堰を切ったように爆笑の声が部屋に響いた。
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大笑いするインリニアの丁度目の前に出てきたのは腕前を確かめると豪語したあの小太りの男だった。インリニアは笑い顔が固まったように引きつらせていた。
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弁明するインリニアをフォローするようにシャリヤが焼きあがった肉にベリー・ソースを掛けたものものを小太りの男に渡す。彼はシャリヤに渡された皿を奇妙そうに見ていた。
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いくら奇妙そうな料理でも食べないことには評価は出来ないという料理人の性がそうしたのか、眉間にシワを寄せながら肉をソースと共に口元に持っていった。そして、目を瞑り、彼は黙ってしまった。
やはり現代人の口とは合わなかったのかもしれない。シャリヤの表情はまるでそんなことを言いたいかのようだった。インリニアは調理台に腰掛けて彼の返答を待っている。どっちに転んでも彼女には何処か自信があるように見えた。
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小太りの料理人は震えるような声で最初の一言を発した。
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答えたのはヴェフィス語がしっかりと理解できるインリニアだ。しかし、今の言葉は幾らヴェフィス語が分からなくても完全な文ではないことが分かる。
そこまで考えたところでふと脳内にイメージが想起された。異世界転移は本来主人公が現代から中世的な世界に転移することが多い。そんなところで主人公が現代の料理を披露してみせると当然のように彼らは一つの反応を表す。インド先輩が嫌がっていた異世界テンプレ展開の一つだった。
つまりは――
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目を輝かせながら、料理人はこちらを見てきた。ヴェフィス語が分からなくても理解できる驚きの声に翠たち三人は震える。恐らくこの中で喜びよりも驚きが勝っていたのは俺だけだっただろう。まさか、異世界転移ものにおけるテンプレのような展開がこの世界で実現されるとはつゆも思っていなかったからだった。
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