卌七日目
#245 過去の出来事
衝撃的な昨晩の出来事から一夜、俺たち三人はユフィアの下で働く料理人に気に入られ、彼の料理の仕込みを手伝っていた。一日の食事や寝泊まりする場所は保障されたし、仕事の量も余り苦にならない程だった。しかし、結局の所自分が誰に食事を出しているのか、この世界の情勢がどうなっているのか、そして本題の夕張が何処に居るのかというのは全く理解できていないのであった。
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鼻歌交じりに金属の入れ物を掴んで運んでいるのはシャリヤだ。目の前を通りかかるとこちらに微笑んでくれる。手にはふわもこなミトン、自由に選んでいいと言われたエプロンには精細な幾何学模様が刺繍されている。入れ物の中には何やら芋のようなものが入っていた。
異世界じゃがいも問題? シャリヤがにこにこお芋を運んでたら、可愛い――それで上等だろう。
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調理場の奥の方で悲鳴のような声を上げているのはインリニア、焦げて煙を吹き出している物体を前に苛ついているのか、頭を抱えていた。見守るように横についていた小太りの料理人は呆れ返って声も出ないという感じで額に手を当てていた。
インリニアに関してはシャリヤよりも調理の手際が悪いようで料理人が付きっきりで朝から教えていたようだが三回もあの意味不明な物体を作り出している。一体何をどうしたらあのような物体が出来上がるのか、自分には検討もつかない。
(そういえば、フェリーサもこんな感じだったっけなあ……)
レトラで彼女に初めてあった時、体中が真っ黒になって出てきたのがフェリーサであった。変なものを燃やしたような匂いと共にエプロンと服が溶着した状態で出てきた彼女も本来は料理が上手いわけではないのだろう。だが、直情径行な彼女の姿はいつでも可愛らしくて、元気を分け与えられてきた。今は会えないが、帰るべき場所に帰ることが出来たその暁には彼女に料理をさせてみるのも面白いのかも知れない。もちろん、シャリヤの同伴付きという条件でだが。
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そんなことを考えているうちにインリニアはまた黒煙を吹き出す謎の物体を生成していた。シャリヤはそんな彼女の姿を遠目に見ながら、呆れるというより驚きの表情を見せていた。"
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ヴェフィス語での挨拶が聞こえる。調理室の入り口に立っていたのは綺麗な銀髪を一本結びにした少女、ユフィアであった。首元には水色のブローチ、フリルの立て襟に着物のような上着、腰にはコルセット、浅葱色の袴のようなものを履いていて、足元にはブーツのような靴が見えた。袖には木に咲く小さい花と小鳥を模しているのであろう刺繍が付いていた。とても綺麗だ。シャリヤにこの花の咲いている木が何なのか訊いたらきっと答えられるくらいには模様は細かい。
彼女は部屋を見渡して翠たちが居るのを確認すると手招いて自分の方に来るように呼んだ。
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インリニアが答えた挨拶をシャリヤが復唱する。"
それにしてもシャリヤの舌足らずな発音は可愛らしい。ヴェフィス語の曖昧で流れるような発音に対して、リパライン語の発音ははっきりと明瞭に聞こえてくるものだ。やはり、母語ではないからか何となく訛っている感じが抜けないのだろう。
そんなことを考えていると横からインリニアに肘で小突かれた。
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"......
そんなお前以外全員がヴェフィス語を発話しているんだから、お前にヴェフィス語を話しても通じるだろう、みたいな感じで分からない言語で話しかけてくるのはやめて欲しい。分からないものは分からないが、彼女の仕草と雰囲気から見て何かを咎められていることは明白なようだ。ただ、そんな雰囲気はユフィアの笑い声でかき消された。
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ぐぬぬとでも言いたげな様子でインリニアは黙ってしまった。ユフィアはそんな彼女の様子も気にせずトレードマークの一本結びを揺らしながら提案するような声色で言い始めた。
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唯一言葉が分かるインリニアは"
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