第六章

#337 第二波


 次の日。

 俺とシャリヤは言われたとおりホテルの前で谷山を待っていた。10月の昼頃の陽気は昼飯の後のウトウトを更に強めていた。壁に背中を預けながら、こくりこくりと頭が揺れていた。

 そんな寝ぼけた頭もシャリヤの声を聞くとしゃきっと再起動した。


"Tanijama xici谷山さんが klieil es来るとき intarmerdettj jaがインターメーデッティね."

"La intarmerdettjインターメーデッティ es harmieってなんだ?"

"La lex kantet正しい時間の eso fasta julesn後であるという liestuことよ."

"Hmmふむ......"


 どうやら "intarmerdettjインターメーデッティ" は「遅れた」という意味の形容詞らしい。確かにシャリヤの言うとおり、谷山は約束の時間から遅れていた。彼もまた多忙な人間だ。先に言っていた「手順が必要だ」という言葉も合わせて考えると、遅れるのも理解できよう。

 そんなふうに思って、街に目を向けたそのときだった。PHSが震えた。今更連絡か、と思って開けて耳に当てると切羽詰まったような声がスピーカーから聞こえた。


「翠君! すぐにそこから逃げ出すんだ!」

「どうしたんですか急に?」

「説明している暇は無い。とにかくそこか――」


 谷山の声を断ち切るようにノイズが流れて、通話は無音になる。瞬間、ホテルの先にあるビルの屋上が爆ぜた。一体何が起きているんだ、と問う暇もない。ホテルが面する大通りにいた人々は距離を起きながら、それを見つめている。スマホで動画を取る者も居れば、心配そうに隣の人と話をする者も居た。そんな平和ボケした光景はすぐに塗り替えられた。

 フード付きのマントを着た三人の黒ずくめが一列になって空を飛んでいるのだ。恐怖に駆られた一人が逃げ出し始めると、人々はすぐにパニックに陥った。逃げる人々をあざ笑うように黒ずくめたちはそれを捕まえては、尋常ではない力でビルや地面に投げつけていた。誰かを探しているらしい。

 そんな非現実的な状況の中で、俺はシャリヤを守ることだけを考え、彼女の腕を掴んで寄せる。ホテルの中へと戻ろうとしたその瞬間、黒ずくめのうちの一人の目がこちらを捕らえた。


"Edixo mi melfert si奴を見つけたぞ!"


 逃げ惑う人々を弾き倒しながら、三人の黒服が俺の前に降り立ち、ホテルの回転式の入口の前に立ちはだかる。こいつらの目的はどうやら俺だったようだ。


"Coss es xelken jaお前らはシェルケンか?"


 俺の問に三人は互いに顔を見合わせて、何かを確認した。


"Coss kanteterlお前らの目的が es mi melx shrlo俺なら他の人を reto niv ete'd larta殺すんじゃねえ. Lecu mi tydiestお前たちと一緒に行っても cossa'tj構わない."

"Cenesti......!"


 シャリヤは心配そうに声を荒げる。しかし、他の人々とシャリヤを救うには現状これ以外方法はない。レフィが個人ごとにウェールフープの特性があると言っていたように、相手のケートニアーは空を飛ぶ以外にも能力を持っている可能性がある。しかも、相手方と接触するのは本望だ。あわよくばインド先輩も説得できるかもしれない。

 しかし、そんな俺の提案に首を振る。瞬間、背後を風が通り抜ける。気づいたときには、隣りにいたはずのシャリヤがシェルケンたちに捕らえられていた。シャリヤはもがくが二人に掴まれて、逃げられそうにない。


"Selene miss firlex俺たちが知りたいのは xelkene'd larta zuお前と関わっていた melses coシェルケンの人間だ."


 シャリヤの前に立つシェルケンの男が黒フードを取り外しながら言う。

 そうだった。こいつらは文書の流失などが内通者によるものだと誤解していたのだ。


"La lex xale lartaそんな人間は mol niv居ない!"


 苦し紛れの叫びはシェルケンたちには届かなかったようで、男は眉を非対称に挙げて俺を蔑むような眼で睨みつけた。


"Hmmふむ...... Merまあ, Ers vynutいいだろう. Selene niv co言うつもりがない lkurf melx deliuのならここで miss reto co死んで fal fqaもらう."


 そういって、その男は俺に手をかざす。ウェールフープを発動するときの特有の動作。逃げなければいけないと直感的には感じていた。しかし、逃げれば生き残れるのか? 相手の能力も分からずに? そんな疑問が頭を巡るうちにタイムリミットは来てしまった。


"Lecu miss makクイトで我々は virot fal kujitまた会おう."


 男が捨て台詞のように言った瞬間、そのときまで抵抗の方法を考えていた。しかし何一つ確実なものはない。タイムオーバー。それが意味するのは死だった。


 男が腕に力を込めようとした瞬間、自分の目の前に影が落ちた。よく見るとオリーブ色の車体の装甲車だった。自衛隊の車両が滑り込んできたのだ。装甲車の上にある重火器が舐めるように首を回す。窓の奥の方に居るシェルケンたちは戸惑い、下がることしか出来ずに居た。

 そんな隙を付いて、砲火は閃光を放った。空気を破り捨てるような重い銃撃音が連続し、俺と対峙していたシェルケンは蜂の巣にされ、跡形もなく肉塊と化す。

 と、同時に装甲車の手前のドアが開いて、伸びてきた手に無理やり車内へ引っ張り込まれた。目の前に居たのは戦闘服に身を包んだ谷山だった。いつもの柔和な顔が、今は深刻さに直面したような渋面となっていた。


「今すぐ出せ! ここから離脱しろ!」


 その谷山の叫びがシャリヤを置いていくものと知って、彼の胸元に手をやって締め上げた。しかし、振りほどかれ反対側の車窓に叩きつけられる。装甲車はすでに荒い運転で、その場を離れていた。


「シャリヤを置いていく気ですか!」

「二人とも助けるのは無理だ!! 君を助けられただけでも幸運だったんだぞ」


 谷山が言っていることは理性では理解できた。ウェールフープに対抗する策を今の自衛隊は持ち合わせていない。故に彼らがケートニアーに対して出来るのは急襲か戦略兵器くらい。しかし、市街地に入り込んだシェルケンに対しては戦略兵器は必要以上の損害を与えかねない。選択できるのは急襲のみだ。

 しかし、シャリヤをおいて逃げるなんて自分が許せなかった。


「一体何が起こってるんですか」

「こっちもさっぱりだよ。ただ、シェルケンが再び攻めてきたというのは間違いない。例の第二波だよ」

「何故俺だけを助けたんです」


 谷山は心苦しそうに息を吐きながら、俺を見つめる。


「一緒に来れば分かる。今は何も訊かないでくれ」

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