#336 婉曲表現のほうがエグい場合もあるよね


「今回は大分進んだねえ」


 谷山は何枚かの紙を手に取りながら感心したように言った。丸眼鏡のブリッジを人差し指で上げると、一枚一枚精査していくように読み込んでいた。

 今回の打ち合わせ場所は、メキシコ料理店だった。目の前にはサルサの入った器とトルティーヤなど色とりどりの料理が並んでいる。シャリヤはタコスを小さな口に頬張って、幸せそうな顔をしている。そんな彼女を見て癒やされながらも、谷山の反応を注視していた。

 彼は手を顎にやって、胡乱そうな顔になった。


「『弘法も筆の誤り』ってここに書いてあるけど、原文はどうなっているんだい?」

「ええっと……」


 俺は谷山が見ている訳文に対応する原文を探して、該当箇所を確認した。


「"vaifistヴァイフィスト atアト nixニシュ gustuグストゥ."、ですね。直訳すれば『ヴァイフィストも矢を誤る』って感じです」


 "gustuグストゥ" と "vaifistヴァイフィスト" は今回の翻訳で知った新たな単語だ。前者は単純に「矢」を表す単語だが、後者はどうやら戦士のようなものらしい。シャリヤの説明の中に「スキュリオーティエ」や「ユフィア」とかが混ざっていたところを見ると、どうやら特に古代の戦士のことを指すようだ。

 そんな話を谷山にも付け加えると、顎を擦りながら納得したような表情を見せた。


「なるほどねえ。後に『グストゥイユはユエスレオネとの調整に失敗した』って書いてあるから、導入としてこの慣用句が使われているんだね」

「まあ、そんなところです」


 適当に返事をする。

 おそらく谷山は気づいていないだろうが、この二つの文は面白いレトリックを含んでいる。 "gustuijuグストゥイユ" は、シャリヤによると "mylonijuミュロニユ", "lefjcenavijuレフィセナヴィユ", "eulbaijuエウルバイユ" のような人名の一つらしい。そして、この語尾 "-ijuイユ" は普通名詞から人名を派生させるらしく、つまり何が言いたいかと言うと "gustuijuグストゥイユ" の語源は "gustu" なのだ。そのため、この慣用句は二重の意味の層を持つことになる。一つは本来の「どれだけ熟達した人でも誤ることがある」という意味、もう一つは「グストゥイユという人物とその上官は頑張ったのだけど、失敗してしまった」という意味だ。

 この文を読んだ瞬間、俺は異世界からの侵略者のものながら、その深みを持った文章に舌を巻いたのだった。


「矢を射るってリパライン語だと、どう言い表すんだろうね」

「聞いてみましょうか」


 そういって、俺は話の流れを観察していたシャリヤの方を向いた。矢を射るというのは矢を打ち出すということなのだから、今回の翻訳で手に入れた単語 "cuturlストゥール" 「出す」を使うことが出来るだろう。


"Ny la lex p'esこれはリパライン lineparine'd nunerl語の質問なんだけど, lkurfel cuturlo矢を出すってのは gustu es harmieどう言うんだ?"

"Naceごめんなさい, harmieなんて?"


 シャリヤは少し戸惑ったような声色で問い返してきた。

 むむ……分かりづらかったところでもあったのだろうか?


"Merえっと, Jol selene si qune彼が矢を出す mels elx lkurfelことの言い方を cuturlo gustu mag知りたいっていうから mi at nun selene俺も訊きたくて. Malそれで......"

"Pusnist待って."


 シャリヤは俺の説明をぴしゃりと止めるかのように言う。いつの間にか彼女の顔は少しばかり照れたように赤くなっていた。どうにも雰囲気が変だ。もしかしたら "cuturl gustu矢を出す" は別のことを意味する慣用句だったのかもしれない。

 そう思った一方、俺の頭の中には「矢を射る」の別の答えが一つ浮かんでいた。


"Arああ, Xalijastiシャリヤ, la lex metistaもしかしてさっきの veles la gustuってグストゥメスってmesいうんじゃ?"

"Cenesti......!"


 シャリヤは赤面したまま、もう堪えられないとばかりに俺の袖を引っ張って谷山に背を向ける。


"Harmie volesどうしたんだ, xalijastiシャリヤ......?"

"C, c, celde harmie voles……どうしたって! La lex xale iuloあんなことばっかり lap lolerrgonいっぱい言って lkurf malそれで...... nivいえ, mi qune co私はあなたが分かってない niv firlexo lap paだけって知ってるけど......"

"Joppまあ...... jaそうだな, jol mi metistaもしかしたら俺は firlex niv la lexあれが何を意味するか kanteterl分からなかったらしい. Malそれで, edixu la lexあれは一体何を kantet harmie意味してたんだ?"

"Deliu niv lkurf言うべきで kraxaiunen leiju jaはない表現よ."

"Paでも......"

"Zuだから, la lex parxam esそれは……言う elx deliuべきでは niv lkurferlないの!"


 これ以上は付け入る隙が無さそうだ。とりあえずは "cuturlストゥール gustuグストゥ" と "gustumesグストゥメス" は言わないほうが良さそうということだけは分かった。類推である程度の想像は出来そうだが、こういうのは考えれば考えるほどろくな事はない。

 そんなことを思っていると、背を向けていた谷山の声が聞こえた。


「お二人さん、仲が良くて何よりだけどおじさんを置いて行かないでくれよ」

「すみません……ちょっと良く分からない感じで」

「ふうん、別に良いんだけど」

「そ、そういえば、提案があるんです」


 谷山はそんな俺の言葉に興味を持ったのか、目を細めた。苦し紛れに振った話題のように見えるが、そうではない。今日ここに来た二つ目の理由はこれを言うためだったのだ。


「と、いうと?」

「俺をシェルケンの基地に行かせて欲しいんです」


 細めた彼の目は驚きで一挙に開かれた。彼が言葉を継ぐ前に、俺は先を進めた。


「無茶苦茶なことを言ってるのは分かっています。しかし、現状を変えるにはそれくらい大胆な策が必要じゃないんですか」


 俺の言葉に衝撃を受けたのか、谷山は暫く黙っていた。


「確かに僕だってこの状況をどうにかする方法を考えてるよ。でも、なかなか難しいんだ」

「どうにかして俺の価値を示す方法は無いんですか」

「ううむ……」


 谷山は腕を組み、唸る。瞑目して数十秒後、彼はいきなりハッとして腕組を解く。


「そうだ、方法なら一つあるじゃないか」

「な、なんですか?」

「明日の朝、ホテルの前で待っててくれないか? 少しばかり手順が必要だからね」


 谷山はそう言いながら柔和な顔に笑顔を讃えていた。この男は本当に腹に何を据えているのか分からない。俺はそれを実によく実感していた。


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