#335 別世界線の先輩
葵に任せたのは情報収集だった。以前の襲撃者に関する事柄やこの東京襲撃に噛んでいそうな他国の動きを探ること、それが彼の仕事だ。くれぐれも危ないことはしないようにと言い含めておいたが、兄のためなら何でもしそうな感じは別れるまで残っていた。
「これも夕張のせいなのか?」
誰に言うでもなく呟く。今はホテルのベッドの上に居る。帰ってきても、浅上が生きているかもしれないという事実が頭の中を巡り続けてきた。シャワールームから連続的な水音が聞こえてくる。シャリヤが冷えた体を温めている。
浅上慧は確かに自分が倒したはずだった。しかし、この世界の地球では彼はまだ生き残っていて、しかもシェルケンの襲撃に何らかの形で関わっている可能性があるということだ。
普通に考えて、デタラメなファンタジーだ。
「無視できるわけないだろ……」
起き上がって、谷山からもらった原文を取り出す。ベッドの端に座って、厚紙に一枚一枚入念に目を通していった。翻訳のために読み込んでいるわけではない。"
"
何度読み返しても同じことが書いてあった。シェルケンは浅上を認知しているし、浅上はシェルケンに協力している。なんでこの事実にもっと早く気付けなかったのだろう。
(いや……)
気づいていたところで何が出来た? 今だって、谷山にこのことを報告する以外に出来ることはない。強い焦燥感と無力感の繰り返す波に駆られて、文章の先に浅上についての言及が無いか探していく。
"
ううむ。大事なところが抜け落ちていて、どうも理解しづらい。辞書を開こうかと思ったところで、かたんとシャワールームが開いた音がした。長い銀髪をタオルで拭きながら出てきたのはシャリヤだ。温まったからか、肌は血色の良い感じでほんのり赤らんでいた。
"
"
シャリヤには葵のことをあまり説明していなかった。この話はインド先輩を説明することから始まり、彼女のことを混乱させかねないからだ。言ったのは彼は敵ではないらしいということくらい。
彼女は俺の答えに頷きながら、隣に座る。暖かく柔らかい肌が触れ合い、ドキッとする。
"
"
そういって、俺は先の文章の "
シャリヤは腕を組みながら、思案する顔になる。どうやら、説明を考えているようだった。
"
"
"
"Hm......"
整理しよう。最初の "
すると、先の文章の内容は以下のように読むことが出来るはずだ。
「浅上の目的は我々と共に同一性を持っている。それはリパライン語を復活させることだ。我々はその理由を理解していないが、彼は我々に同調している」
その文を眺めながら、俺は頬杖をついて考えを巡らせる。
浅上の目的とシェルケンの目的が一致している? 彼の目的は確か、web小説の読者達に「言語」を意識付けることだった。それを目的にファイクレオネ世界が夕張の引導によって生成され、web小説愛好家たちの集合意識たる八ヶ崎翠が合成された。
(そうか……)
この世界線には元々八ヶ崎翠は居なかったということか。浅上は目的を短絡的に実行するためにシェルケンを何らかの手段でファイクレオネ世界から呼び込み、日本を侵略させた。浅上が生きているなら、そう考えるのが現状妥当な推測と言える。
そうなると、また浅上と相対することになる。逆に考えれば、今度こそ彼が死なない方法を模索できるかもしれない。
俺はシャリヤのきょとんとした顔を見つめながら、そんな期待を胸に満たしていた。
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