Epilogue "La tuan"

#306 そうはいかないんだな


 手元を見ていた。そこには赤い飴玉が一つ乗っかっている。夕張に渡された行くべき場所の選択肢の一つがまだ残っていた。これを舐めれば、俺は地球に行けるという話だった。インリニアとのあの後、ずっと持ち歩いていたものだった。

 バトルロイヤルも終わり、俺とシャリヤは静かに共に居る時間を久しぶりに過ごしていた。バトルロイヤルの結果がどうなったのかは良く分からない。だが、俺にとってはそんなことよりもシャリヤの記憶が戻ったことの方が大切だ。

 この赤い飴玉を舐めれば、シャリヤと一緒に見知った地で平和な生活をスタートすることが出来る。だが、これまで俺を助けてくれた他の人達も大切だ。今、地球に戻ることは逃げになるのではないか。そう思っていた。


「しかしなあ……」


 空を見上げる。シャリヤと共に居るのは学園内にある森だった。彼女の記憶を取り戻した場所は二人にとって神秘的な領域になっていた。

 日本語が気になったのか、手を繋いでいるシャリヤはこちらに目を向けてきた。その蒼玉のような瞳を見るのは久しぶりでじっくりと見入ってしまっていた。


"Co es vynut大丈夫, cenesti?"

"Edixa ceneレフィには mi lkurf fynetはっきりとした言葉を lkurferl lefhi'c言うことができた. Paでも, Cene niv la lexそういうふうに xale lkurf言えてない人は eustira'd lartaたくさん居るんだ."

"Lartassastanastiその人達って?"

"Ers felircaフェリーサに adit hingvalirヒンヴァリーさん, lexerlレシェール, myloniju, etミュロニユさんたちのことだよ. Edixa co gentuan忘れたわけじゃない niv jaだろ?"


 シャリヤはこくこくと頷きを返してきた。しかし、表情には陰りが見えていた。


"Paでも, co letix何か方法 fhasfa'd eselはあるの?"


 そう尋ねられて、確かにはっきりとした方法が浮かばないことに気づいてしまった。

 その瞬間、目の前に一人の青年が立っていた。すらっとした体型で、毛先がぼさっとしたようなミディアムヘア、弱そうな顔立ちの一見すれば好青年のなりは、この八ヶ崎翠には悪魔のように見えていた。

 そう、目の前に現れた青年は夕張悠里だった。


「お困りのようだねえ」


 この状況を面白がっているのか、夕張の声色は軽快だった。


「元はと言えば、全部お前のせいだけどな」

「さあ、どうだろう。世界が僕に課した使命だと僕は思っているんだけどね」

「責任転嫁も甚だしいな……今更、何のようだ」


 シャリヤの手を手繰り寄せるようにして、俺の傍に寄せる。その行動が何もなさないということを知っていても、彼女をもう二度と失いたくないという意思が無意識にそうさせていた。

 夕張はその様子を見て、滑稽とばかりに笑った。


「あはっ、そんなことしなくてもシャリヤちゃんはもう奪わないよ」

「なら、何のようなんだ」

「僕の目的なら、確かこの前に言ったよね?」


 夕張は木の周りを回るようにゆっくりと歩き始めた。そして、俺はその質問に引かれて、過去の夕張との会話を想起していた。


綺麗クリーンな物語で、綺麗クリーンな英雄を作り、綺麗クリーンな世界を作ること……」

「そう、だから綺麗クリーンじゃなくなった君たちはその役目からは外れてるからね。だけど、僕の作品であることは変わりないから、出発を祝福してやろうと思ったのさ!」


 木の周りを一周回った夕張は腕を広げて、そういった。さっぱりその理論が分からない。シャリヤは日本語が分からないからか、ずっと怪訝そうに俺たちのことを見ていた。


「名残惜しいけど、こればかりはしょうがないね」

「冷やかしなら、どこかに行ってくれないか」

「んー、そうはいかないんだな」


 そういって夕張は懐に手を入れて、何かを取り出し、こちらに向けた。非常に自然な動作だった。故に警戒心など持てなかった。メタリックな外装に丸い深淵が付いたそれがこちらを睨みつけ、そして最後に聞こえたのは――


 乾いた銃声だった。銃弾は確実に頭に当たる。死ぬと思って、瞬間的に目を瞑った。しかし、不思議と痛みは無かった。目を見開いてみると、そこにはそれまでの森は無く、シャリヤも夕張も居なかった。

 硬い台の上に寝ていた。緑色の医務衣を着て、マスクを付けた医者らしき人間が三人こちらを見下ろしていた。


「あの状況から回復するとはな……」

「おい! 生理食塩水持ってきて!!」

「今、行きます!」


 しばらくすると耳にはっきりとした音が入ってくる。病院には何度もお世話になっているが、少なくとも静かな手術室と言ったような場所ではないことが見て取れた。喧騒の中にはうめき声や叫び声が聞こえる。怠い体を起こせないと分かってから、俺は頭だけを振って周りを確認しようとした。

 せわしなく医官が病床の間を行き交っている。治療されている者たちは見るからに鍛え上げられた筋肉を持ち合わせており、服装は軍服であった。


 理解できた現状は唯一つだけ、自分が野戦病院らしき場所に居ることであった。

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