#339 シェルケンを見てる


「警戒心を顕にして口を開かない、か……」


 谷山は疲れ切ったように「ふう」と息を吐いてから、手元の缶コーヒーを呷った。場所は同じ基地内の食堂だ。時間帯が時間帯なこともあり、周囲は隊員達でごった返していた。


「一つ策はあるんですけど」


 そう答えた俺の顔を谷山は興味を惹かれたように見つめた。


「どうするつもりなんだい?」

「とりあえず、ここの敷地内を自由に歩けるようにしてもらいたいんです」

「なんだって?」


 丸眼鏡の奥の目が怪訝そうに窄まる。


「出来る限り色々と話しかけたり、働きかけたりしてみたいんです」

「し、しかし、危険だ。逃亡したり、君自身に危害が加えられるかもしれない」

「大丈夫です。彼女はネートニアーで、ウェールフープは使えない。言ってませんでしたけど、俺はケートニアーなんです。襲撃者が来たときに奴を倒したのは俺です。自分の身は自分で守れます」


 俺の自信を持った言葉を聞いて、谷山は腕を組んで悩み始めた。


「分かった、僕の許可で敷地内を自由に動けるようにしよう。だが、くれぐれも注意してくれ、収監部屋から出した捕虜を戻す時間は決まっている。22時30分だ。その時間を超過すると二度と外には出せなくなるかもしれない」


 俺は谷山の警告に無言で頷く。全てはシャリヤを救い出すために必要なことだった。しかし、そのためには準備が必要だった。


「一つ頼まれてくれませんか?」

「何をだい?」

「ええ、俺ともうひとり分の昼食を用意して下さい。メニューは何でもいいですけど、そうですね……元気が出そうなもので」


 谷山は肩をすくめながら、承知したとばかりに首肯した。


「やれやれ、自衛隊幹部が高校生にこき使われるとは、世も末だ」


 谷山の冗談めかした愚痴を背中に受け、少し申し訳ない気持ちになりながら、俺は食堂を去っていった。



 しばらくしてから、俺はシェルケンの少女のいる部屋に戻ってきた。彼女はさっきと同じようにかすかに反抗心を感じさせるアンニュイな視線をこちらに向けるだけだった。

 俺も毅然とした態度で彼女と対面する。幾ら健気な少女に見えて、相手は侵攻してきた部隊から捕獲された軍人だ。気を抜けばいつ殺されるか分からない。


"Ta立て."


 俺の指示に彼女は不快そうに眉尻を少し上げた。


"Jol mi's fhasfa'i何かを…… fav lkurf niv 言うことは無いぞ."

"Mi firlex分かってる. Paでも, jol co metistaもしかしてお腹が lidesnes ja空いてるん? Mi tisodじゃないか la lex magって思って......"

"La lex es nivそんなことは ――"


 少女が勢い良く立ち上がり反論しようとした瞬間、きゅるるとひもじそうな音が部屋に鳴り響いた。ギャグのような流れについ笑ってしまった。


"Tetol niv笑うな!"

"Liaxu coお腹空いてる lidesnes jaんじゃないか."

"Gggぐぐぐ......"


 そんなふうに唸りながら黒服の少女はふんぞり返って、こちらから顔を背けた。


"Merまあ, co's fhasfaあなたが食べ'd knloanるものをerl'i elx selene何か与えた marvelいのなら felx貰ってあげ jol mi's la lex'iなくもな metista icve いけど."

"Firlexそうか, klie来い."


 素直じゃないやつだな、と思う一方で親しく思う気持ちが芽生えたのが少し後ろめたかった。シャリヤはこいつらの仲間に捕らえられているのだ。だが、これも彼女を救うためのプロセスに必要なことだ。シャリヤはリパライン語が話せる上、古代の世界で古典語を少し話していた。少なくともその場で殺されるということはないはずだった。時間はまだある。確実に駒を進めたかった。そのためにはこの黒服の少女を有益な立場に持ってくる必要がある。

 少女に背を向けて、監禁していた部屋を出ると彼女も後を付いてくる。警備の自衛官が驚きの表情で小銃を構えようとしたが、その前に谷山に許可を受けていることを告げて下げさせた。


"Harmue co tydiest jaどこに行くんだ?"

"Co firlex niv ja言っただろ? Ers knloanal食堂だよ."


 そう答えるとまたきゅるるとひもじそうな音が聞こえてきた。少女は赤面しつつ、お腹を押さえていた。もしかして胃腸に問題があるのだろうかと一瞬考え、じっと見つめてしまっていた。


"Harmie co's xel ja何見てるんだよ!"

"Xelken'i mi's xelシェルケンを見てる."


 何気なくそう呟くと彼女はそれっきり食堂に付くまで黙り込んでしまった。視界の端に映る彼女は落ち込んだような表情を見せていた。

 食堂はまだまだ盛況さを失っては居なかった。おそらくシェルケンにまつわる事変で普通の自衛官だけではなく、予備自衛官も呼び出されて普段の食堂の処理能力を越えてパンクしているのだろう。少女はそんな様子を目にして、驚きと不信の混ざったようなため息をついた。

 人混みの奥で、事前に示し合わせていた谷山が手を挙げる。

 

"Fgir es pernealあっちだ."


 席につくと、そこにはカツカレーが二皿置かれていた。照明を受けてきらめきを放つルーとサクサクの衣に包まれたトンカツ。元気が出る昼食の定番だ。そういえば、インド先輩は色々な大学の学食のカツカレーを食べるのが趣味だったとか言っていたような気がする。

 少女はそんなカツカレーを怪訝そうな顔で見つめていた。


"Fqa's knloanこれは食べerle'c es ja物なのか?"


 谷山がその雰囲気を察知して「うん?」と何知らぬ顔で首を斜め45度に傾ける。

 ううむ、前途多難だ。

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