#67 Ri主義者


"Mi'd fagrigecio'i俺の母語を......? Mili plax.ちょっと待った"

"Hnn?"


 シャリヤは日本語を勉強したいと言ってきた。確かに日本語で意思疎通が出来るならばそれほど楽なことはないが、今まで頑張ってきた自分の努力は一体どうなってしまうのか。

 まあ、幸い自分は語学の教師でもないし、そこまで教えきれる気もしない。そういえば、インド先輩はインドに居た時は日本語教育のボランティアをやってて日本語を教えながら、タミル・ナードゥの人々と交流したとかなんとか。もしかしたら、シャリヤに日本語を教えることでお互いのことが更に分かり合えるかもしれない。更にこの世界の風習や考え方の違いまで分かるかもしれない。そう考えると少しくらい教えるのも悪くない気がしてきた。


"Malじゃあ, harmie ler何から mi kanti deliu?教えようか"


 "ler"は単語の後に置く後置詞らしく、この一週間のうちに覚えた単語の一つだ。「~から」だとか「~より」という意味を表すらしい。

 別に講座を開くわけじゃないし、語学書のように文法がこうだ、語法がああだとする必要もないはずだ。シャリヤの心のゆくままに教えられるだけ教えてあげようと思いこう訊いてみた。

 シャリヤはというとそれを訊いて、結構悩んでいる様子であった。首を傾げて、何を訊こうか考えている様子だった。


"Malじゃあ, harmie lkurf <mi>"mi"って日本語で fal nihona'dなんて lkurftless?いうの"

"<mi> es 私."mi"は私だよ"


 まあ、間違ってはないだろう。日本語だと性別や社会的立ち位置などによって一人称が色々と変わることは有名だけど、シャリヤに「わらわ」とかは……うん、合わない。普通に「私」って言って欲しい気がする。


 そういえば、代名詞の性にはいろいろと問題が浮上することがあったりするらしい。インド先輩から聞いた話だが、人工言語で有名なエスペラントを使う人のうちにはRi主義者リイストというものがある。エスペラントは基本的に教えられる体系では話し手とも聞き手とも違う人を指す「三人称」はLi(彼)とŜi(彼女)に分けられるらしい。これは英語などメジャーな西洋言語でも同じような分け方が見られる。ただ、これを分けて使うことは性差別に繋がるという考え方もあり、男性も女性もどっちも表すRiという代名詞を使うことをはじめ、エスペラントから性差別に繋がる概念を取り除こうという考えを持っている人々らしい。まあ、その話を聞いていて、覚える単語数が減るならそっちのほうが覚えるのが楽そうだし、良さそうとも思ったものだが。


"Malじゃあ, <lkurf> es harmie?"lkurf"は"

"<lkurf> es 話す."lkurf"は話すだよ"


 安心と信頼の"lkurf"は何回も会話の中に出て来る頻出語だ。体感的にも、経験的にも、意味は理解しているので訳は間違ってないと思う。


"Malそれじゃあ, <mi lkurf"mi lkurf lineparine> lineparine"は es <私 話す りねぱーいね>?"私 話す りねぱーいね"なの"

"Arあ~, niv.いや違う"


 まあ、確かにそうなるわなという帰結だ。

 ただ単語と対応する訳の一単語だけ覚えて、自分の話す言語の文法に当てはめても最悪通じたとしても不自然になる。electionとerectionの違いで笑えるのは日本人がerectionの意味範疇をとある生理現象と同一と見ているからだ。しかし、アメリカのニュージャージー州にはRoma Steel Erection, Inc.という建築企業があるが、これが「ローマ鋼鉄とある生理現象株式会社」という意味ではないのは自明だろう。そういうことである。


 しかし、シャリヤのこういった間違えは逆にリネパーイネ語の対応する単語が一体どこまで指し示すかという傍証になる。今まで覚えてきた単語も簡単にはその意味範疇を特定することは出来ない。でも、日本語を教えてその間違え方を考察すれば、リネパーイネ語での自然な表現を追求できる気がする。


(そう簡単にできるとも思わないけどな)


"Censti?"

"あ, nace.ごめん"


 思索に更けていると、シャリヤが覗き込んでくるように見て来た。否定しておいて正しい文章が来ないことを不思議がっていたのだろう。誤って正しい文章を言おうと考えたところで後ろのドアが勢いよく開かれた。


"Elernasti?エレーナ Harmie voles fal~に attaferle coあなた?"


 ドアを開けたのはエレーナだった。急いでやってきたようで息を荒げている。シャリヤは驚きながらもエレーナの元に近づいていった。


"Xalijastiシャリヤ, senost聞く tyrneonj plaxお願い."

"Harmie何なの......?"


 エレーナは息を整えてから、シャリヤに一枚の紙を手渡す。翠は椅子に座ったまま、それを見つめていた。


"Tarf virl jeska klie来る ly."

"Tarf virl jeskasti……が!?"


 シャリヤは手渡された文章から顔を上げて驚いていた。"Tarf virl jeskaターフ・ヴィール・イェスカ"はそのまま-stiが付いているから何かの名詞なんだろうか。来るというのは個人か集団か何かなのだろう。

 翠は興味をもって椅子から立ち上がって、シャリヤたちに近づく。確か、人を訊くときの疑問詞の「誰」は"harmaeハーマエ"だった気がする。


"Tarf virl jeskaターフ・ヴィール es harmae?・イェスカって誰"

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る