#258 異世界語(詩学)入門
「へっくしゅん!」
雨になんて当たるものではない――そんなまともな思考は今になってやっと頭に浮かんできた。今となっては見慣れてしまった自分に割り当てられた部屋、俺はベッドに身を投げた。
身体を隅々まで拭いて着替えたというのに未だに何だか調子が悪い気がする。風邪にならなければいいが、と思いながら自分の頭を擦る。生乾きの髪が指に絡みついた。
シャリヤも着替えに行ったらしいが、行く先を訊こうとするとインリニアに行く先を塞がれてしまった。彼女こそ、風邪にならないかが心配だ。そう思うと、居ても立っても居られなくなってしまった。
"
"......
シャリヤの落ち着いた声に反射的に声が出る。寝っ転がりながら答える声は情けないものだった。同時に戸が開いて、銀髪の少女が入ってきた。先程まで雨に打たれていたとは思えない。落ち着いた深緑のサルワール・カミーズのような服だった。白磁のように白くて、ギリシャ彫刻のようになめらかな肌の腕が短い袖から伸びている。その手元には紙とペンが握られていた。右肩には布袋を掛けていた。
彼女はそれをベッドの横の台に置いて、紙をこちらに手渡してきた。
"
起き上がってシャリヤの顔を一瞥する。期待に満ちたような表情で紙を差し出している。ラブレターだろうか、しかし今更にもなって? そんなことを思いながら紙を受け取った。
葦ペンのような筆跡だった。書き慣れていないのかところどころ掠れたところを書き足そうとして奇妙な太さになっているところもあるがその文字は読むことが出来た。リパーシェ文字だ。
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Slommirca slorgerda roftesk la
Klantez
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シャリヤは俺の横に肩を寄せて座ってきた。覗き込むように手元の紙を見ていた。
"
"
シャリヤの健気さが身に沁みる。教えてもらえるのであれば、全て吸収してしまおう。ただ、重大な問題が一つあった。書かれている内容がほぼ分からないことだ。
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そこまで言って、シャリヤは何かに気づいたかのように吐息を漏らした。
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"
"
ふむ、"
シャリヤは腕を伸ばして紙をなぞった。自然に柔肌が押し付けられてドキドキしてしまう。彼女はそんないつまでもウブな男をよそに説明に熱心だった。
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"
また、理解できない単語が増えた。"
理解に困っているとシャリヤがもう一回紙の中の一行目の文――"Slommirca slorgerda roftesk la
"
またもや、シャリヤが同じ文をなぞる。
"
その瞬間、頭の中に理解の稲妻が走った。これは詩のリズムの単位、韻脚のことだ。
"agcelle"は恐らく韻脚のことであり、"panpanniu"だとか"panverfelirtlen"はこの詩の韻脚である長長短を表しているのだろう。"panpanniu"はそれを如実に表すようなオノマトペだった。リパライン語の音節の長短の区別は西洋言語に似ていて、長母音か閉音節であれば長音節となり、それ以外は短音節として区別されるのだろう。"pan-pan-niu"は音節で句切れば、長長短となる。
韻脚はそれをどのように配置するかの最小単位を表している。この詩の形式の場合、三音節の韻脚を4つ並べるのは暗黙の了解らしい。"
そんな理解をシャリヤは読み取ったのか、俺の顔を見て更に意気込んで説明を続けようとしていた。
"
俺はさらなるリパライン語詩の独特さを転生者として独占できることに強い優越感を感じながら、シャリヤの説明を待つことにした。
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