#69 エンカウント率の高い人


 服装と持ち物を整えてから、部屋から出る。ヒンゲンファールさんはいつも図書館の中で司書をやっているので基本的に図書館に行けば会える。エンカウント率が高い人である。例えばこれがレシェールだったりすると、日ごとに別のところで雑談してたり、会議してたりするので探すのに歩き回ることになる。そういう意味でヒンゲンファールさんは一番頼れる年上ということになる。


(そういえば、この本。題名からして意味を理解できていないんだよな。)


 表紙を撫でながら、思う。

 「『おくのほそ道』ってどういう意味?」って訊かれたら説明に困りそうだが、それぞれ「奥」と「の」と「細道」という単語に分かれていて、それぞれは何とかの意味でと説明はできるはずだ。それがなんでそういった題名が付けられたのかはまだまだそれぞれの単語だけでは理解できないが、少なくともスタートラインには立てそうだ。題名は深い意味が込められていたり、ゴリゴリに修辞を凝らした文字列がでてくるだろうから、結局のところは文章の中身を見なければならないのだが、それでも街に来るだけでこれだけ人々が興奮する人物を知れれば、彼らと話す時の話題も二倍三倍に膨らむだろう。もしかしたら、ここの人々よりもターフ・ヴィール・イェスカという人物について物知りになっているかもしれない。


 そんなことを考えながら、図書館までの道を歩いてゆく。

 街中の様子を観察すると何かとそわそわしている人が多く見かけられた。興奮しながら隣人と話していたり、いそいそと路地を縫って物を運んだりしている人々が日常の通りとは違う異様な雰囲気を醸し出していた。芸能人一人が来るのに街がこれだけ沸き立つのだから、そうとう凄い人気のある人なのだろう。


 図書館の前の通りに差し掛かるとクリップボードを片手に図書館の周りを見回るヒンゲンファールさんが見えてきた。どうやら何かの点検でもやっているようで、指さし確認するたびにクリップボードについている鉛筆を取っては紙にチェックを入れていた。


"Salaruaこんにちは, hingvalirsti.ヒンヴァリーさん"

"Arあぁ, cenesti翠君, salarua.こんにちは"


 後ろから呼び掛けるとそのポニーテールを揺らして、振り返って答えてくれた。いい年こいてポニーテールした連中は別に郵便ポストの前に平気でゴミを捨てるような連中ではない。この人の場合、小火器で武装する頭脳明晰なポニテお姉さん司書だ。よく考えたら、この存在は相当ファンタジーなのでは……?

 冗談はさておき、ヒンゲンファールさんが何をしているのか気になるところだ。イェスカ某が来るから、ヒンゲンファールさんも浮足立って図書館の点検を始めるほどならなんか色々とイメージが崩壊しそうだ。アイドルのライブ会場でむさ苦しい男たちの中に混ざってサイリウムを振ってオタ芸に命を注ぐヒンゲンファール女史……さすがにキャラ崩壊が過ぎる。


"Malそれで, co klie fua harmie?どうかしたの"

"Arあー, Xalija celes letixoシャリヤがこれを fqa mal seleneくれたので mi akranti読みたくて."


 考えたくもない想像を振り払ってくれた質問に少し感謝しながら、シャリヤに貰った"Xol fasel"の表紙を見せると、ヒンゲンファールさんは少し眉を上げて機嫌がよさそうにこちらを見てきた。


"Fqa'd kranteerlその本は es snietij.スニェーティイだ Ers vynut?いいの"

"snietij?スニェーティイ"


 多分ヒンゲンファールさんはこの本の性質について等式文で伝えようとしたはずだが、いかんせん語彙力が低すぎて、その性質自体が伝わっていない。もっと語彙力を高めないといけないが色々と難しい。


"Zu, Jol co firlexあなたがこの本を理解できない niv fqa'd kranteerl.かもしれないということ"

"Arああ, firlex.なるほど"


 本を理解できないかもしれないってことは"snietij"は「難しい」とか「難解な」とかそこら辺の意味なのだろう。確かに伝統的な芸能人の来歴とかは難しそうだ。専門用語とか結構出て来そうだし、実際日本の伝統芸能の演者の来歴とかテレビで見てても良く分からない単語がいくつも出て来る。母国のそれも分からないのに、異世界の伝統芸能とか分かるのか?と思って不安になったが、血塗れの男を踏みつける軍服を着た女の子の写真を見てあまり伝統芸能とは思えなかった。人身御供の伝統があってそれが芸能になったなら、服装はもうちょっと古風なものなはずだし、多分違うのだろうし、現代に通じる概念で書かれているに違いない。


"Merまあ, Mi anfi'erlen.がんばりますMalそれで, hingvalirヒンヴァリーさんは何 es harmie'i?をしているんです Mels tarfターフ・ヴィール・ virl jeska?イェスカのことですか"

"Jaうん, Deliu mi色々とやんなきゃい es fhasfass'i.けないことがあるからね"


 そういってヒンゲンファールさんは、図書館の建物の横の狭い路地を確認してまた書類にチェックを入れ始めた。なんかこれ以上聞くこともないし、邪魔になりそうだし、図書館の中に入っていくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます