#368 仮面を剥いだジョーカー


 話し合いが終わってから数分後、尾崎の安否が確認された。どうやら周りで銃声が鳴り響いている中、昼寝をしていたらしく遅刻の連絡をしようとしたら、この様ということらしい。戦場でも眠るというのは、兵士の仕事の一つでもあるが、この状況でもそれが出来るのは称賛すべきことだ。

 ……もちろん、皮肉の意味でだが。


「尾崎君は、自力で大使館まで来るらしい」

「でも、周囲で戦闘が起こっているんですよ? 車列を途中で止めてピックアップしたほうが良いんじゃ……」


 谷山の報告に豊雨が口を挟むと、彼は首を振った。


「脱出用車列を止めると相手方に包囲される可能性がある。そうなれば、武器も弾薬も無い僕たちは為す術もなく、彼らの捕虜になるか、見せしめにされるだろうね」

「そんな……」


 落ち込む豊雨の顔を見て、俺は思い出した。今頃イプラジットリーヤは何をやっているのだろうか?

 MLFFの過激派は既に蜂起を起こした。この内乱の中で、イプラジットリーヤと彼女が守ってきた者たちには味方が居ないのではないか。政府軍はMLFFと分かれば、容赦はしないだろう。MLFFの過激派にとってもイプラジットリーヤたち穏健派は裏切り者のようなものだ。

 しかし、ここから一人で助けに行くことは叶わない。大使館員が安全に脱出し、俺と谷山さんも無事に魔港に行き着いて、初めて彼らに手を伸ばせる。


(不甲斐ないな……)


「第二車列が出発したようですね。第一車列は無事に魔港に到着したようです」


 避難を調整していた職員がPHSを耳から離して、こちら側に言ってきた。第三車列は豊雨の車列だ。

 そんなことを思っていると谷山が顔を厳しくして、こちらに迫ってきた。


「尾崎君が来るまで、距離的に30分以上掛かるぞ。今ならまだ安全に脱出できるはずだ。本当にここに残るのか、八ヶ崎君?」


 俺は寸分の迷いもなく頷く。


「確実に全員が安全に脱出できるなら、俺はここに残っていませんよ」


 そんな言葉に呼応するように、遠くから爆発音が響く。近くで戦闘が継続している。ここは戦場だ。だからこそ、能力のある者が無い者を守らなければならない。

 数十分後、成功裡に第二陣を送り届けた車列は帰還し、豊雨や医務官らを載せていた。別れ際の豊雨の心配げな顔が頭から離れない。自分はそうヤワじゃないとくくって、残っては居たが対面戦闘をしたとして本当に生きて帰ってこれる確証はない。

 負傷したが最後、非正規の部隊に「捕虜」としての扱いをしてもらえるかなんて保障はどこにもないのだ。


(下手なことは出来ないな)


 生きなければ、シャリヤに再会することも叶わない。出発する車列を眺めながら、俺はそんな当たり前のことを再び強く意識したのだった。


* * *


 私は第三車列の最後尾の車に乗り込もうとするところだった。もう既に脱出計画規定の時間を過ぎている。これ以上の遅れが出れば未曾有の事態を引き起こしかねない。そんな状況でドライバーや誘導する職員たちは焦っていた。

 翠らを除く殆どの大使館員が乗り込み、いざ出発という瞬間、私はドアを開けて車を出た。


「ゆ、雪沢!? いきなりどうした、もう出発するぞ!?」


 上司に当たる二等書記官村井が奥の席から私を見上げ、驚愕の表情になって言う。しかし、私は焦った様子を装いながら、彼に答える。


「すみません、ちょっと用事を思い出して……」

「そんなこと今やってる場合じゃ――」

「すぐ後を追うのでお先に行っていてください!」


 バタン。村井の言葉を遮って、公用車のドアを力強く閉める。同時に私は先頭車両に出発の合図を送った。

 困惑しているのか、出発までしばらくの合間が出来たが、誰かが車から出てくることもなく、先頭車両の出発に合わせて車列は出発したのであった。


「……」


 私が大使館を去る車列を見送ったと同時に尾崎が涼しい顔で現れた。


「あっ、尾崎さん! 遅かったじゃないですか!! 無事でしたか?」


 満面の笑みで彼を迎えると、尾崎はなにやら迷惑そうな目つきでこちらを見てきた。ややあって、彼は無視して大使館内に入ろうとするが、私はその進路を塞ぐようにして立ちはだかった。。


「避難用車列はここに来ます。どちらへ向かわれるんですか?」

「……忘れ物があるんです。それを取りに来ました」

「駄目ですよ。ただでさえ、避難計画が遅れているんですから、余計な時間は使えません。さ、私と一緒に次の車列を待ちましょう!」


 自然な説得。しかし、尾崎は不安そうに周りを見回して、顔が青ざめていった。


「そこを……退け」

「どうしてですか?」

「良いから退けっつってんだろ!!」


 尾崎は私を突き飛ばそうと腕をこちらに伸ばしてくる。しかし、瞬時にそれを見極め、身を捻って横に避けた。まともな構えもなかったのは、女性だからと高を括って油断していたからだろう。勢い余った尾崎はそのまま姿勢を崩しかける。その背中に私は掌底を打ち込んだ。


「ぐあっ!?」


 尾崎が綺麗に前のめりに転ぶと同時に胸ポケットにでも隠していたのだろう拳銃が滑り出して私の足元で止まった。

 それを拾い、お互いの距離を少しずつ詰めていく。


「お、お前、何者だ!? 大陸か? それとも――」

「何言ってるんですか、身内ですよ」


 逃げようとした尾崎の足を狙い撃つ。死にはしないだけ痛めつけて、まともに動けないようにした。尾崎の悲痛な声を背後に、私はPHSを開いて「調14」の文字を探して、電話を掛けた。


「私です。です。これより『仕事』を開始します」

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