#310 題名を翻訳する
次の日の朝は至極平和な朝だった。ルームサービスで朝食を取り、谷山が用意してくれたという着替えに袖を通した。そんなルーチンじみた支度を終え、ベット脇にあった茶封筒を手にとった。
中に入っていた文章は題名からシャリヤに内容を問わねばならなかったが、当のシャリヤはトップス選びで自分と格闘していた。
そんな微笑ましい姿を見つめていると、彼女はこちらの視線に気づいたのか両手のトップスを突き出してきた。クリームイエローの落ち着いた感じのチュニックと丈の長めのパンクなTシャツだ。
"
"
よく考えてみよう。そう思って、俺は腕を組んだ。
シャリヤの知的な雰囲気を活かすには落ち着いていながら、ガーリーなチュニックは悪い選択ではない。しかし、地味過ぎるという気もする。かといって、パンクファッションが彼女に似合うかというと……いや、これも一考の余地ありだ。
くどくど考えた末に出てきた言葉は一つだけだった。
"
そんな言葉に彼女は何故か眉をひそめた。腰に手を当てて、少しご立腹の様子だ。
"
"
"
シャリヤの口調はさっきまでの威勢を失って、目もそっぽを向いていた。頬はほんのりと赤らんでいた。
"
その言葉のせいで心臓発作を起こしかけた。そんなふうに言われてしまっては選ぶ以外の選択肢が無くなってしまう。いや、選べてるから選択肢はあるのか?
ええい、そんなことはどうでもいい!
"
と、パンクなTシャツの方を選んでみた。たまにはイメチェンも必要だ。
選んだ途端、シャリヤは満面の笑みで脱衣所の方へと駆け込んでいった。ふわもこパジャマ姿のままでも可愛かったのだが、どんなコーデになるか楽しみでもあった。
数分後、着替え終わったシャリやが脱衣所から飛び出してきた。さっきのTシャツにデニムの短パン、黒タイツ、上着に灰色のダボダボパーカー。そこには普段の大人しく知的な彼女とは一風変わったアレス・シャリヤが居た。ポーズまで決めちゃって、上機嫌だ。
"
"
恥ずかしげに言うシャリヤの仕草はとても可愛いものだった。しばらくそんな雰囲気を楽しんでいると、シャリヤの視線が茶封筒に向いた。
"
"
茶封筒からまた紙を取り出して、じっと見つめた。分量は少ない。
"
"
"
どうやら "
"
続けて、 "
シャリヤは楽しそうに説明を続けた。うむ、パンクファッションの異世界から来た異世界語の先生、なかなかに奇妙な状況だ。
"
"
"
"
どう説明しづらいのかはよく分からなかった。ただ、いつかの "
さて、解読作業に戻ろう。
シャリヤが説明しづらい理由はその単語が "
"
"
頬に手を当て、考えながら話すシャリヤに俺は頷いた。
「理解」「意味」「時制」と「りんご」「椅子」「水」の差は具体性だ。前者が抽象的なものを指す単語なのに対して、後者は具体的なものを指している。つまり、前者を指す "
なるほど、シャリヤは "
抽象的なものを説明するのはその言語の話者同士でさえ難しいことだ。「時とは何か?」なんて問いが哲学的議論の入口に居るかのように聞こえるというのは、つまりそういうことだ。
そんな感じのことを考えていると、シャリヤが難しそうな顔で先を続けた。
"
"
"
"
確か "
"
"
"
ネイティブであっても答えられないことは多々ある。これまでも幾度となく遭遇してきたが、こういう場合大抵は「そういうもの」で飲み込まなければ行けないときが来る。今回はどうやらその時らしい。
なにはともあれ、手元にある文書の題名 "
「計画の実行に関する命令」だ。
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