#58 再会
レトラの中を歩き回ること数時間、この街から出られそうな出口を探していた。レトラの市内は一通り回っている気になっていたが、それはそもそも以前にインド先輩に見えた幻覚を追いかけていたからだった。あの時は一心不乱に追いかけていたから街の中がどうなっているのか理解していなかった。よく覚えている同居地だったところから図書館までのルートの間は道がそこまで分かれているわけでもなければ、近くに出入り口の目印となるバリケードを見つけることはできなかった。動き回り過ぎればフェンテショレーに見つかる可能性も高まることは自明で、自分に想いを託したあの男性のように死体になる可能性だって同時に高まる。
長らく歩いているうちにレシェールからもらった地図を持ってこなかったことに気付いた。図書館までの道はレシェールから貰ったその地図で確認して行っていたことを思い出したからだ。しかしながら、もうその必要はないと思われた。
「高いな……。」
外敵を防ぐために建てられたバリケードは当然のことただでは登れない高さと構造になっていた。しかしながら、このような堅実に立てられたバリケードの上には日々見張りが居た。つまり、見張りが毎日上り下りできるようにこれには梯子なりなんなりが設置されていると考えるのが自然だろう。そう思ってバリケードの方に近づこうとすると向かい側から人影が見えた。敵かと思い身構える。しかし、その人影は敵でも何でもなかった。
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「シャリヤ……。」
シャリヤが一人で立ちすくんでいるのが見えた。武器も何も持たずに一人だけで逃げ出している様子だった。シャリヤは、走ってこちらまで来るとばつが悪そうな表情を浮かべながらなかなかこっちを見てくれなかった。きっと彼女もこの非日常的状況に一人では心細かったのだろう。知り合いを見つけることが出来て一安心といった雰囲気だったが、それが翠ではなかなか心を落ち着けることは出来ないのだろうと思う。
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"
多分話の雰囲気から考えて、大丈夫と言っているのだろう。普通に話しかければ普通に答えてくれる。何も気負うことはないと精一杯の雰囲気を醸し出して伝えようとする。言葉で伝えられればそれが最高だが、まずは態度と気持ちが大切だ。実際は言葉で伝えられない言い訳に過ぎないが、外国人でもジェスチャーと伝えようとする気概で日本語で話しかけると割と通じるように態度や視覚的情報は割と重要なことだ。人間は何も記号としての言語だけで通じ合っているわけではないということが、少なくとも気持ちを伝えようとする価値の論証となる。
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シャリヤは頷いて、バリケードの脇の方を指さした。暗がりになっているがちゃんと梯子が掛けられている。やはり予想通りちゃんとそういったものが作られていた。もしこれで、実は見張り番は全員筋肉モリモリマッチョマンの変態でバリケードをよじ登っていくだぜ!とかいう話だったらどうしようもなかったのだろう。
梯子さえあればあとは安全確認して、レトラの外部に出て逃げ延びることができるはずだ。ルールもマナーもタブーもほぼ知らない一人っきりで脱出するより、現地のそれも女の子と共に脱出できるのであれば万々歳だ。
「それじゃあ、行くか。」
バリケードに近づこうとした瞬間、不穏な雰囲気を感じる。なぜならバリケードの外側から声が聞こえたからであった。つまり、それが意味することは……
"lulas mo――"
シャリヤが何かを言い終わる前に耳をつんざく衝撃音と共に目の前はグレーに一瞬で塗れた。強い振動と嵐のような爆風を一瞬で受けて何が起こったのか理解したつもりだったが、内心翠は焦っていた。背中に掛けていた小銃を取り出し構える。シャリヤの手をしっかりと掴んで、後退する。
バリケードを爆破で破壊するとして、それがレトラ民やレシェールたちの行動でないことは明白だ。そんなことをする意味がない。だとしたらフェンテショレーがやったに違いない。彼我の戦力差がどれくらいなのかなんてことは分からないが、バリケードを爆破できるほどの戦備を整えているようなグループが小規模のゲリラとかそういうのとは考えにくい。
土煙が晴れ始めると号令と共に走りこんでくる軍靴の音が聞こえてきた。それも一人や二人ではなく、もっと多くの人数のものだった。視界が回復すると相手側の位置が分かると共に、どうすればいいかが分かってくる。下手に攻撃をすれば自分の位置を知らせることになり、武器を持っている翠は真っ先に殺される。ならば静かに後退しながらどこかの建物の中にでも入って静かにやり過ごすほかないだろう。
そうおもって静かに後退を続けていると、足元で何かが割れる音がした。一気に兵士たちがこちらを振り返る音が聞こえる。"
「どうだ、これが主人公の――」
調子に乗った文句を言いかけて止める。銃の引き金を引いても、引いても銃弾が出てこない。薬莢が詰まったのか、弾薬が無いのか原因はどうでもいいとして一瞬で形勢が完全に決まった。相手はこちらにすでに銃口を向けている。後退しようがもう遅すぎる。逃げようがない。射殺されて終わりだ。
しかし、人間には最期の時まで足搔く自由がある。
(死ぬなら、最期まで主人公を演じてやる……ッ)
握ったシャリヤの手を力強く引き寄せ、覆いかぶさるように抱き着く。シャリヤと面と向かって密着したのは多分これが初めてだろう。シャリヤも一瞬顔を赤くするが、翠が何をやろうとしているか理解して顔が一瞬でまた真っ青になる。それ以降シャリヤがどのような表情をしていたのか翠は見ることはなかった。幾ら足掻きでヒーローを演じようとも、自分の死ぬ未来を知りながらそれを待つほど怖いものはない。それでもその怖さに抗って、シャリヤだけでも救えるように、ちっぽけな自分の出来ることを最大限でやっている。つまり、自分が身代わりになるということだった。
銃声が聞こえた瞬間、翠は死を覚悟した。一秒経っても、十秒経っても体に痛みを感じなかったので頭でも撃ち抜かれて即死したのだろうなと思っていた。しかし、体の感触はあるし、目は開けられた。背を向けていたはずのフェンテショレーの兵士たちは血を流して倒れていた。誰がこれを倒したのかと周りを見ると得意げに手を掲げるレシェールとその後ろに集う者たちの姿を確認することが出来た。
"
何を言っているかは良く分からなかったが、得意げなその表情で言われた言葉は、翠の耳にはそう聞こえた。そう解釈する他なかった。
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