卌三日目
#223 指導者として
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シャリヤが尋ねると、通路を挟んで反対側に座っているフェリーサがいそいそと手元の紙をめくり始めた。
見えてくる町並みはレシェールたちが住んでいたところとは全く別だった。高架道路の上を貸し切りのバスで通っている翠には窓から街の景色が良く見える。オレンジ色の瓦屋根が綺麗に並ぶ住宅地らしき区画の奥には、ガラス張りのビルが何個か立っている。早朝の薄暗さの中では交通量も少ないようで広い道路を行き交う車の量は釣り合いが取れているようには見えない。
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シャリヤはフェリーサの説明を話半分に聞いているようで集中は窓外に向かっていた。ユエスレオネの町並みとは全く違うこの都市構造で興味津々に外の様子を眺めるのも無理はない。それにこれからの計画に参加する人々の姿も窓を通して見えるからであった。
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シャリヤが指差す方には大量のトラックが並んでいた。ただのトラックではなく、その荷台には人が詰め込めるだけ詰め込まれていた。殆どの人間が銀髪に蒼目のユエスレオネ難民らしい出で立ちで、その顔が決意に満ちていたのは遠くからでも良くわかった。シャリヤはその様子を見ながら、変革の期待に震える手を抑えるように窓枠に当てた。底抜けに優しくて、翠の面倒を良く見てくれるシャリヤだからこそ、難民たちへの風当たりが少しでも変わることを期待しているのだろう。肩から翠が同じ方を覗いているのに強い安心感を感じるのか、口元がほころんでいた。
翠たちはこの三日の間にPMCFの中心都市でデモ行進を行う手はずを進めていた。翠は賛同してくれた難民たちに出来るだけ人間を集めてもらうために町中を走り回った。レシェールたちの協力もあり、多くの難民たちからの信頼を勝ち取ることが出来た。だが、それも過剰すぎたのかいつの間に贈り物が贈られるようになっていた。服はその一つで、難民の服装が質素な中でその指導者が一人だけ豪華な服を着ているなんてのは不信感しか生まない。だからこそ、今日の服装は学校から持ってきたジャージだった。この貸し切りバスも難民たちが翠にせめてこれだけでもと用意してくれたものだった。
これだけの大事が進行しているなか、緊張で拍動は早まってこの先が心配になってきた。
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いきなり弱気な発言になった翠の顔をシャリヤは心配そうに見つめていた。彼女は言葉を探るように視線を左右にやってから、ゆっくりと左手を両手で掴んだ。柔らかく暖かい絹のような感触が手に触れると心が落ち着いてきた。何か言葉で慰めたりすることはなかった。ただ、手を掴んだままゆったりと時間を過ごす。
いつの間にかバスは止まってドアが開く。翠たちは他の難民たちの後に続いてバスから出ると門前に広がる光景に唖然とした。
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小さく呟いたのはエレーナだった。知らない言葉でも言っていることははっきり理解できる。何せ眼前が人で埋め尽くされていたからであった。右を見ても、左を見ても隙間なく人だらけであった。上を見れば蒼の旗とプラカードが幾つか並んでいるのが見える。
(あの時のだけでこれだけの人を集めたのか……)
目の前に集まった大量の難民たちを前にして身震いする。翠はこれだけ多くの人間の進退を一手に背負っている。デモが失敗すれば責任は翠に向けられるだろう。だが、それでも今止めるわけにはいかない。自分がここで逃げれば二度と難民たちは救われないだろう。今回で失敗しようが戦い続けるしか無い。
そんなことを考えていると、後ろの方からレシェールが近づいてきた。彼は準備のために先に集結場所に到着することになっていた。
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強く右肩を叩かれ、ひりひりするも血が入れ替わったかのような感触がした。レシェールの方を仰ぎ見るとヘッドセットのようなものを手に持っていた。こわごわとした手に似合わないもので奇妙に感じた。
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聞いたことのない言葉の中でも"
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苦し紛れのように語釈を作ったレシェールはヘッドセットを翠に渡した。彼が指差す方向から移動用の別の車が群衆をかき分けるようにゆっくりと進んで来ていた。
どうやら文脈から見て"
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難民の運営は元より、これだけリパライン語が虐げられている社会の中でリパライン語で放送するラジオ局が生存できるはずがない。ラジオを利用するのであれば、現地の協力的なラジオ局に限るだろう。MCはアイル語で話すだろうし、翠が話すのであればそれはアイル語でなければならないはずだ。
だが、翠の言葉にレシェールは少しも憂いの表情を見せなかった。
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レシェールの横に立っていたヒンゲンファールが答える。そして、群衆に感動して棒立ちになっていたフェリーサを呼び出した。彼女は大体話がわかっていたようでニコリと翠に笑みを見せた。恐らく文脈から見て「リパライン語とアイル語間の翻訳は彼女が行う」ということなのだろう。"
そんなことを考えているうちにレシェールとヒンゲンファール、フェリーサに押されて移動用の車に半ば拉致されるように押し詰められた。気づいた時にはもう車は出発していて、翠はラジオ局で話す内容を考えなければならなかった。
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