第七章

#343 計画通り


 彼女の計画を実行に移すには、まず基地から彼女を脱出させねばならなかった。厳重な警備態勢が張られているこの基地からの脱出は容易いことではない。しかし、幾度となく牢獄破りプリズンブレイクまがいのことをしてきた俺のことである。方法はいくらでも思いついていた。


「火災警報だ! 総員、起きろ!!」

「こっちは侵入者警報装置がなってるぞ!」

「ガス漏れだと!? 隊員を食堂側に近づけるな!」


 そこかしこからアラームやブザー音がけたたましく鳴り響く。ドタバタと目の前を隊員達が行き来していた。

 無数に張り巡らされた多数の警報システムが一挙に作動したのだ。対応に追われる非常事態担当者の処理能力は完全にパンクし、避難する職員達は刻々と変わりゆく情報に翻弄されていた。

 そんな避難の人の流れに俺とフィレナは自然に溶け込むようにして、脱出を試みる。もちろんフィレナの服装はシェルケンらしい黒マントではなく、自衛官のそれだった。髪が短いのが幸いし、帽子を深く被れば混乱状態の今気づくものは一人も居ない。


(思ったより、簡単だったな)


 脳内でそんな感想がぽっと漏れる。細工は十数時間で終わった。

 インド先輩から教わっていたことは、人間の言語だけではなかった。彼は俺にプログラミングの話を良くしていたのだ。それで、ある程度組み込みのノウハウは心得ていた。谷山に必要なマイコンや配線装置、ハンダなどを調達するように依頼し、それらを組み合わせて警報装置が誤作動するように設置した。同時に複数の警報システムが稼働すれば、それを受け止める人間側でパンクが起こり、脱出が容易になる。そう考えたのだ。

 そして、今、計画の第一段階が発動したのである。


 人混みを走り抜け、そして事前に見つけ出しておいた安全な出口――基地の建物の裏にある低めのフェンスに向かってとにかく走る。捕まってしまえば、全ては終わりだ。

 しかし、フェンスを越えて脱出しようとした瞬間、背後から声がかかった。


「翠君」


 思わず振り向いてしまう。いつの間に背後について来ていたのだろうか。そこにはこちらを強い視線で見つめる谷山の姿があった。彼の表情はいつもの柔和さを完全に失っていて、疲れ切ったようにも見えていた。しかし、彼の目だけは強い意志を持っていた。相手を見紛わない強い意志――それが感じられた。

 俺は相手に分からないように後ろ手に力を込めた。いざとなれば、谷山でもウェールフープを使って無力化する。シャリヤとインド先輩のために手段は選んでいられなかった。


「止めないで下さい。これしか方法はないんです」


 谷山は首を振る。


「止めないよ。君が賢明な判断をしてくれることを期待してる。ただ」


 その言葉と共に彼の表情は冷酷で厳しいものとなる。


「知っているだろうけど、僕たちは君ごとシェルケンを焼き尽くす準備が出来ている。変なことは考えないことだ」

「分かってますよ」


 そう言いつつ、俺は谷山に背を向け、フェンスを登って行った。フィレナも同じようにフェンスを越え、俺達は基地からの脱出に成功したのであった。



 脱出から数十分後、フィレナとの事前の打ち合わせ通り葵と合流した。混乱が収まれば、すぐに居なくなった俺達の捜索が始まるはずだ。そこから身を隠し、フィレナの作戦を円滑に実行するためには彼の助けが必要だった。この作戦に必要なものを葵は用意してくれていたのである。

 以前と同じ、紫色のテントの中で葵はフードを被った状態で俺たちを見つめていた。なにやらソワソワしているのは、これがインド先輩に繋がる具体的な計画になるからだろう。


「いよいよだな」

「ああ」


 俺が答えると、葵はテーブルの上に撒かれたカードを一枚ひっくり返した。最後の審判を知らせる天使のラッパ――カード番号20番「審判ジャッジメント」の正位置だ。

 葵はしばらくそのカードを見つめていたが、ややあって立ち上がりフィレナの方を向いて、フードを外した。


"Edixa mi litixesfis……されたものを veleserl kyluseso俺は……した."

"Xaceありがとう, Fqass es suitenこれらは使え fua aziurgそうだな."


 葵がそう言って指した先には、大きめの台車と布、そして縄があった。


"Malさて"


 フィレナと葵が詰め寄ってくる。二人の表情は深刻そうで、生理的な恐怖感を感じさせた。

 次の瞬間、俺は二人に突き飛ばされて地面に倒れ込んだ。


「おい、何を……!」


 半身を起こして、二人を睨みつけるも葵に押さえつけられ、フィレナに縄で縛られる始末だった。乱暴に縛られた挙げ句、俺は台車の上に載せられて布を被せられる。


"Fqa es suitenこれでよし."


 フィレナの声が布越しに聞こえてくる。まるで最初からこうしようと考えていて、やっと出来てスッキリしたとでもいうような声色だった。


「うーうっううううううう!!!」


 口まで縛られているので、上手く喋れない。そんな俺の様子を二人は笑っているようだった。台車はカラカラと音を立てて動き始める。一体この先どうなるのか、俺は心を心配で満たしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る