#309 羞恥にエネルギーを使うとお腹が空く
「ああ、えっと……そうだなあ……」
谷山は困ったような顔で、顎を擦る。その仕草で自分を客観的に見れるようになった。ベッドの上に仰向けになった少女の上から、襲いかかるような感じで覆いかぶさる自分の体勢。そういう誤解を引き出すには十分過ぎる状況だった。
俺はシャリヤから飛び退いて、手を振って否定した。そして、脳内に出てきたことをそのまま口に出した。
「違うんです!!」
「いやはや、タイミングが悪くて済まないね」
「なんか重大な誤解をしてませんか!?」
「若い人だったら当然まあ、その、色々と熱くなることもあるから。ね?」
「違いますってばっ!」
谷山の視線の先のシャリヤは顔を完全に赤く染めてしまっていた。自慢の銀髪で両頬を隠すように覆っている。と思っていたら、「きゅぅっ」と奇妙な鳴き声を上げて、顔をベッドに押し付けてしまった。
「……っとちょっといじめ過ぎちゃったか。ごめんごめん」
「勘弁してください……ノックくらいしてくださいよ」
「ははっ、楽しそうな声が聞こえてきたもんでね。つい」
大人の悪ふざけに大きなため息をつく。谷山の目はベッドの上の封筒に向いていた。その封が切られているのを見て、彼の口角は少し上がる。
「早速見てくれたんだね」
「まあ、どんな文章か気になったんで……」
「どう? 読めそう?」
いきなりの問いに戸惑う。さっき題名ですらほとんど読めなかったばかりなのだ。「何かに関しての何か、って書いてますね」と反射的に言いそうになったが、喉元で留める。
自分は無能ですと言ってるようなものだ。ここまでしてもらって、そんなことは言えない。
「も、もう少し時間を貰えれば、訳を出せます」
「本当かい? 思ったより早いじゃないか」
(あれ? もしかして俺、自分でハードルを上げてしまった?)
谷山の口角は上がりっぱなしだ。柔和な顔が周囲に平和な雰囲気を振りまいていた。今更否定するわけにも行かない。
ふと、さっきまでシャリヤと話し合っていたことを思い出す。シェルケンについて話しておくのは別に悪いことではないだろう。
「今分かっていることは、彼らはシェルケンだということです」
谷山の顔はいきなり真面目な表情に戻る。最小限の相槌で俺に話の先を勧めた。
「えっと……少し信じがたい話だと思うんですけど、彼らは異世界の住人で古きリパライン語を信奉している人々です。彼らは他の世界を侵略し、住人に彼らの言葉を強制することを目的にしているようですね」
「言葉を強制するために異世界に侵略……か」
谷山はいつもの温和そうな声色ではなく、灰色じみた低い声でそう呟いた。表情も硬くなり、目は俺を捕らえず壁を見つめていた。
何か変なことを言ったのではないかと自分を疑うくらいに無言の時間が続いた。確かにいきなり、「異世界」だの「リパライン語」だの言われても、作り話にしか聞こえないだろう。今からでも初めから説明しようかと思った瞬間、谷山は再び口を開いた。
「なるほど、ありがとう。そのまま翻訳を続けてくれ」
「は、はい」
一体この間は何だったんだろうか。その答えが見つからないのに多少なりとも恐れを感じた。
「ところで僕が来た理由は『これ』なんだ」
俺が反応に困っていると、そういって彼は部屋のキーを渡してきた。確かに俺達が部屋に入ったあと、キーは挿しっぱなしだった気がする。谷山は癖でそのままカウンターに預けようとしたらしい。
鍵を受け取ると、いつの間にか彼の顔は普段の柔和さを取り戻していた。
「確かに受け取りました。今度はいつ覗きに来るんです?」
「やだなあ、覗かないから勝手に熱くなっててくれよ」
「まだその話引っ張るんですか?」
「次からは電話でアポを取るようにするさ。それじゃ、僕はここいらで退散させてもらうよ」
俺のうんざりした顔を物ともせず、谷山はその調子で帰っていってしまった。
そうして、部屋には俺とベッドに突っ伏したシャリヤが残されたのだった。そろりそろりとシャリヤの方に近づいてみる。するとひもじそうにぐぅとお腹がなる音がした。夕食には確かに良い時間かもしれない。
ルームサービスを頼んでもいいが、下の方にレストランもあるらしい。そっちの方も覗いてみたかった。
"
"
顔を押し付けたまま、唸るシャリヤ。うーん、これはこれで可愛いのだが、動けないとなると困る。腕を組み、彼女を連れて行く方法を考える。
と、その瞬間、シャリヤはガバっと顔を上げた。押し付けていたからか額が赤くなっていた。
"
"
尋ねた瞬間、俺の腹もぐぅ~と鳴る。すると、シャリヤは小悪魔的に微笑みながら、俺の腹を指差した。
"
"
"
うむ、どうやら "
シャリヤは髪を直しすつつ立ち上がる。何はともあれ、行く気になってくれてよかった。
俺たちはドアを施錠してから、下階のレストランへと向かうのだった。
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