#94 "fenxe baneart"の解読
「いてててて……」
額の傷を拭かれて、よくわからない軟膏が塗られる。絆創膏みたいのは無いのかと思うが、ヒンゲンファールは保健の先生でもなんでもない。特別に救急箱を持っているわけでもないし、そんな感じだろう。
翠はヒンゲンファールと共に図書室の一室、裁判から救い出されたときヒンゲンファールが連れてきたところに連れてこられて手当てをされていた。
"
ヒンゲンファールは軟膏を人差し指で取って傷口に塗りながら訊いていた。ヒンゲンファール自身、翠と共にフェンテショレーの内通者の存在を知ってしまったためにその襲撃を一番警戒している。フィシャこそ居なくなったが、違う内通者がいつどこで自分たちを消し炭にしようとたくらんでいるかもしれないと彼女は考えているらしかった。
ヒンゲンファールにはその問いの答えとして、頭を横に振った。
そうして、事細かとは言えないが、自分の言える言語能力で淡々とあったことを話していった。シャリヤに日本語を教えていたこと、エレーナがバネアートを持ってきたこと、"fenxe"と"letixerlst"を教えてもらったこと、知らずにシャリヤに"fenxe baneart"と言ってしまったこと。
ヒンゲンファールは親身になって聞いてくれた。疑問も挟まずに、流れを途切れさせずに聞いてくれた。
"
"
ヒンゲンファールは頷く。兼ね同意という感じだろう。
"
ヒンゲンファールは少々訊きづらそうに尋ねてきた。
"
ヒンゲンファールはシャリヤにまず謝るべきではと言っているのだろう。
"
"......"
ヒンゲンファールはうんともすんとも言わなくなった。肯定とも否定とも取りづらい表情でこちらを一瞥してから、"anfi'erlen."と言い残してどこかへ行ってしまった。書庫整理に戻ったようだった。
調べることをちゃんと調べて、さっさとシャリヤに謝罪したいと思っていた。
(あれ?)
ふと、部屋にある鏡を見ると額にあったはずの傷がもうすでに消えていた。傷口を拭いて、軟膏を塗ったから見えずらくなっただけかと思い、髪をかき上げて近づいて確認する。傷口であった皮膚をさすっても切り口はもうなかった。
(もしかしてエレーナの方が怪我していた?)
あまり深く考えないことにした。
図書館の上階はほぼ人が居ない、翠の貸し切り状態だった。特に居心地が良い悪いというわけでもない。ただ、一冊のリネパーイネ語の詳解辞書などがあるからこの場所に居座るようになった。
いつもの席に座って、辞書を開く。とりあえず、"fenxe baneart"について調べることにしよう。熟語なら、多分"fenxe"の欄に載っているはずだし、それで引いていこう。
Fenxe
【
:
[lael]
"
→
なにか長々しく書いてあるが、"fenxe"自体の意味についてはもうすでに理解している。「食卓に提供する」という意味である。
問題は[lael]というタグ以降のことだ。「→」に続いて書いてあるのは多分「普通にバネアートを運んでいるという表現をしたい場合は"fenxe la baneart"と書かなくてはならないということだろう。それでその上の行にこの熟語の意味が書かれているわけだが、"
Relod
【
:
なるほど。無理やり日本語で表すなら扶養者というあたりか。まあ、生きるのを助けると書いてあるし、意味的にもっと広い感じかもしれないが。家族みたいなものという感じで解釈しておこう。すると、"fenxe baneart"の語釈は、「sの家族の一人が人かxyfoatostによって殺される」ということになる。大体意味は分かってきた。が"
xyfoatost
【
:
「人間の手の入っていない動植物のことまたはその生息地」というあたりか、「自然」みたいな感じの単語なんだろう。しかし、自然に殺されるってなんだろう。自然死のことでいいのだろうか。
ともかく、"fenxe baneart"は主語に死んだ家族の人を取って、その人の家族の誰かが死んだということを表すらしい。シャリヤには、確かに酷いことを無意識で言ったかもしれない。表情は笑顔、知らなかったからそういう意図はなかったが、相手には「お前の家族死んだんだってなw」という風に映っても仕方がない。そりゃ、エレーナも怒り出すはずである。シャリヤもエレーナも親の存在を見たことがない。彼女らは一人一人自分で生きようとしている。そこでこんなことを言われたらどうにかなってしまうだろう。
それで解決、と思ったがまだ引っかかるところがあった。エレーナは「"relod"が殺された」とは言わず、たしか「"josnusn"が殺された」と言っていたはずなのである。ここになんらかの意味の違いがあるのだろうか。
(まだ調べるか。)
翠は辞書のページをめくって"josnusn"を探した。
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