第7話「中天の太陽の下で」
「寸止めというの……難しい……」
教材に持ってきたビデオの動きをトレースしながら、陽大は舌打ちを繰り返していた。
「こう……何センチも手前で止めてたら、あんまり意味がない」
「その何センチかで手の内は変わるし、変わらないなら、それは格闘のスピードじゃない」
格闘技や武道を本格的にやっている訳でもない陽大だが、これだけは分かっている。接近戦を武器に、あの舞台を生き残ってきたのだから。
昼食後の小一時間での進展は、陽大が思っていたほどではなかった。
唯一の進展は、会の練習相手になった事で、敬語が抜けた事くらいだろうか。
「俺にとって、回避は絶対だ。《導》の火力に晒されたら……まず間違いなく死ぬ」
陽大の語尾が
結界の《導》を持つ
――ベクターさん。
身体操作と感知の《方》を駆使する点で、陽大の師である
結局の所、
もしも二人が、孝介と矢矯ではなかったら――陽大は今も思ってしまう。
――俺と弓削さんだったら……。俺と
弓削も
――ベクターさんのミスは、《方》が劣っていたからじゃない。
答えが出ているがために、陽大の声は震えてしまう。
――庇おうとした相手が、
きっと弓削と神名も、矢矯と同じく取るものも取りあえず走ってくるし、脇目も振らずに抱えて逃げる。
その時、自分の身に降りかかるであろう事など、矢矯の惨劇を見た今ならば兎も角、初見で回避しきれるものではない。
「回避は、絶対だ」
繰り返した陽大の声に震えはなかった。
もう一度、同じ事があったならば、弓削も神名も庇わずに済むくらいにならなければならない。孝介と
「……続けよう」
会がトンと軽く槍の石突きで床を鳴らした。陽大の気持ちは分かるし、気分に浸っていたいという理由も理解はできる。切羽詰まっている訳でもなく、時間的な余裕もあるのだが、停滞している時間は惜しかった。
「そうだね」
陽大はフーッと大きく息を吐き出すと、慣れた構えを取る。会、梓と共に見た映像教材は、いくつか陽大の手を広げてくれた。
そして映像教材から得た情報をトレースするという一点に関し、陽大は弓削の身体操作が向くと思っている。
――ベクターさんの
同等の感知を持ち、また具体的な動き、身体の形をトレースする場合、念動による身体操作よりも障壁によって身体の形を決めてしまう身体操作の方が精度が高い――陽大はそう思っている。
そして武道の技は、人間が猛獣からも身を守れるように考案されているはずだ。
「……」
深呼吸した陽大に対し、会も構えを取った。
「勝手が違うのは許してくれ」
陽大が寸止めは慣れていないというが、会は「大丈夫」とだけいう。
――寸止めでダメならば、当ててみればいいだけ。
続く会の言葉はそれだ。組み手、実戦形式と色々な呼び方があるが、それにしてしまえばいいではないかという言葉であるが、
「待って下さい」
そんな言葉が会の口から出かかるのだが、梓がいわせない。
「これでは危険で練習どころではありませんね。人鬼合一の状態で受けるのは論外ですし、生身で受けるなんて大怪我しますよ」
多くの百識が下品と嫌う格闘も、陽大が使うとなれば話は別だ。
――無効化もできなくはないですが、物事に絶対は有り得ません。
しかしトレースできる陽大の動きをアップデートできたからといっても、梓も陽大に「もう良いですよ」とはいいにくい。陽大が知っているが梓は知らない事、梓は知っているが、陽大は知らない事というものは存在する。
「うん……?」
梓にいわれると、会も大丈夫とはいえなくなった。確かにいう通りだ。打撃は急所に当たらなければ意味がないというのは、舞台上での殺し合いに於いてのみいえる事だ。現実には死にはしないが怪我はする。《方》で治るからいくらでも怪我をしろというのも、また乱暴な話だ。
「怪我をしても構わないと思っていたのでは絶対の回避など望めない……」
会も分かっている。どうせ治ると思っていては動きに精彩を欠いていくし、慣れてしまえば雑になる。それは死活問題に繋がってしまう。
「寸止めでなくて、実際に当てても大丈夫な練習相手がいればいい……のか?」
陽大がいったのは、あまりにも都合の良い相手であり、会も梓も首を傾げさせられる。
「そんな相手……いるの?」
会は「いるはずがない」という言葉を隠しつつ、そういった。
だが陽大は――、
「……多分、夕方くらいには動けるようになるんじゃないかな?」
心当たりがある。
命中だけに特化し、攻撃力という考え方を持たない百識だ。
「それは……文句が出ませんか?」
陽大にいわれると梓にも浮かぶ顔があったのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます