第2話「月家の兄弟」

 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの関わりを一言で表すならば、「緩やかな同盟関係」になる。


 自身の家こそが最強と自負しているが、直接、優劣を決めるために殺し合いをしたという記録は少ない。寧ろ積極的に関わる事そのものを避けている節もあり、六家二十三派が団結したのは、医療の《導》を持つ百識ひゃくしきを根絶やしにした時だけだ。


 舞台上で六家二十三派の百識が衝突しているではないか、という意見はあるのだが、これは意識の違いというもの。


 貴族制度で貴族とは叙爵されている個人を指す言葉であり、子弟の身分は平民である事と同じく、六家二十三派の百識とは本来、当主一人を指す言葉であって、当主争いからドロップアウトした者は、百識と認めないのが六家二十三派だ。


 世間一般の意識では、当主であろうとドロップアウトした百識であろうと、六家二十三派の《導》を使うならば六家二十三派の百識なのだが、当事者達はそう思っていない。


 当主同士が戦ったのでないのならば、その優劣は不明で済ませてしまうのが、六家二十三派の当主である。


「だから、ルゥウシェや上野こうずけアヤを舞台に上げるのは問題がなかったんだ」


 廊下を歩きながら、孝は渋い顔をしつつ、今日、自分の元へ六家二十三派――雲家うんけ衛藤派えとうは鬼家きけ月派つきはが機能不全に陥った今、四家よんけ二十一派にじゅういっぱかも知れないが――の当主が集まる原因になった出来事を口に出していっていた。



 引き金を引いたのは、かい衛藤えとう歌織かおりの一戦。



 現役の当主が舞台に上るのは前代未聞と話題を集め、会が破ってしまったという結果は観客には歓迎されたが、六家二十三派にとっては歓迎できるはずもない事件だった。


 雲家衛藤派は、雲家うんけ椿井派つばいはあずさが潰してしまったから成り上がってきた半端物という見方もできるが、それでも六家二十三派の一つと認識されている。


「会ちゃんが……片目のドロップアウト組が平らげた。しかも首をへし折るという、六家二十三派からすれば最もバカバカしい方法で」


 孝自身は面白いと感じたが、六家二十三派の百識たちが面白がるはずもなかった。観客の目には、会が強いというよりも、衛藤歌織が弱かったのだと見えた者もいたはずなのだから。


「ただでさえ、ベクターや弓削ゆげ わたるが六家二十三派の百識を鎧袖一触に破っていったものだから、価値が落ちていたところに、最悪の敗北だったか」


 ここ数ヶ月で起きた事は、六家二十三派からすれば有り得ない事の総浚えだった。そうでなくとも、百識は世間から軽く見られる事を嫌う者が多い。


「社会の生産に、何ら寄与していないのにな」


 歌織が舞台に上がる切っ掛けとなったルゥウシェなど、特にそうだと孝は思っている。


「いい年して、貧乏劇団から抜け出せないようなものに熱を上げ、こんな誉められない手段で小銭を稼ぐしかないとか、有り得ないバカだ」


 履き捨て続ける言葉は、徐々に熱量が上がって行く。


「いや、バカというなら、ルゥウシェに加え、石井いしい裕美ひろみ、バッシュ、美星メイシンは全員バカだ。そして、上野こうずけアヤ、明津あくつ一朗いちろう涼月すずき ともはバカすぎた」


 敗因を探れば、自分たちの能力が最上級だという驕りと、新家しんけである矢矯やはぎ弓削ゆげに対するあなどりに帰結するのだ、と孝は繰り返した。確かに六家二十三派の《導》は規模、火力共に絶大で、本人たちは「殺そうと思えば、いつでも殺せる」というだろう。


「でもな、いつでも殺せるなら、さっさと瞬殺しない方が悪いんだよ」


 だが、それをしなかったから、隙を突かれて敗れた――といいたい訳ではない。


「できねェんだろ。弦葉つるば陽大あきひろと相打ちになるために自爆するのが精々の手段だったんだからな。弓削なら自爆が発動する前に首を跳ね飛ばしてるし、ベクターなら射程外から銀河ぎんが棲獣せいじゅうさいでお終いだ」


 声に籠もる熱量が、怒鳴り声になっていた。


「当主だってそうだろ。当主が得意としてたのはルゥウシェが得意だった氷の《導》だっていうじゃないか。血を凍らせてしまえば良かったんだよ、最初から」


 壁を殴りつける。


「そして会ちゃんは、そのまま鬼家月派の屋敷を急襲し、当主をたおした、と」


 それが意味する所は、今まで直接、争ってこなかった六家二十三派に格付けが発生したという事。



「横並びだった六家二十三派で、鬼家月派がトップに立った――」



 このニュースを聞いた時、決して少なくない人数が、孝と同じ事を思ったはずだ。


「それが気に食わんってやってきたんだろ、まったく」


 その毒突きと共に足を止めたのが、この舞台を管理している者の部屋だった。



 この舞台を管理している男こそが、この新家月派のつき たかしである。



 ドアをノックするのは、気持ちを切り替えるため。


「やぁ、どうもどうも」


 できるだけ明るい声を出したのだが、中にいる21人の顔は、総じて厳しいものだった。


「……聞こえてたぞ、絶対な」


 部屋の隅に控えているあきらが、キッと厳しい視線を弟へ送る。


「感知の《方》は基本だって事、忘れるな」


 釘を刺したつもりだった陽だったが、孝は「そうかそうか」大股に足を進め、部屋の奥にある執務席についた。


「そんなものは、《導》が使えない新家が頼る者だとばかり」


 孝の態度は、明らかな挑発だった。


 当然のように室内の空気が纏っていた不穏さが増して行くのだが、孝は態度も口調も変えない。


「まぁ、私も大層な《導》はないのですが、みなさんのいいたい事は分かりますよ。六家二十三派が持っていた不文律、取り決め……そういうものに、何と言うことをしてくれたんだ、といきどおってらっしる」


 プライドが絡む事、それも共通したプライドとなると、医療の《導》を持つ一族を滅ぼしたときと同様だ。


「このままでは、皆様が持つ表の顔で、この秘匿し続けてきた舞台がどうなる事か、分からないですね」


 孝の結論は21人の当主に、わかっているじゃないか、という顔をさせた。


「だから、こうします」


 孝はフッと笑い、執務机に供えられていたボタンを押した。



 床が抜け、10数メートル下に叩きつけられる仕掛けを作動させるボタンだ。

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