第3話「逃げていく過去と未来」

 落とし穴で全滅させられると思っているならば甘いとしかいいようがない。


 肉体を駆使して戦う事を下品と断じているが、競走馬宛らに血統主義を貫く六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ百識ひゃくしきはフィジカルに於いても他と隔絶した能力を有している。


 壁に手を着いて制止させてしまうような怪力は有り得ないが、くるりと空中で体勢を変る事はできた。


 そして怒鳴り声に等しかったとしても、廊下でしゃべっていたたかしの独り言を聞き分ける感知の《方》がある者は、傍にいた者の足を掴んだ。


「ッ」


 足を掴まれた方は渋い顔をしたのだが、それが溺れる者はわらをも掴むなどといった必死の行動をバカにしての事ではない。



 足を掴んだ理由は、その女が飛翔しようとしていたからだ。



 アヤが使った障壁を利用した飛行だった。火家上野派の《導》と同種のものであるから青い炎を纏っているが、掴む方も六家二十三派の当主である。掴めば焼かれるような《導》でも、ダメージを受けながらも掴む事ができた。


「ッ」


 寧ろつかまれた側が振り落としてやろうかと思った事こそが、溺れる者は藁をも掴む心境だっただろう。



 意識を頭上から――敵がいる位置から話してしまったのだから。



「上にいるのが、何もできない奴なら、違っただろうがな」


 頭上から降ってきた声にハッとした顔をしている事に、声の主は嘲笑にも似た笑みを浮かべていた。


 ――飛び降りてきた!?


 足に掴まっていた方は最初から見えていた分、あきらが何をしたのか見えていた。


 身体強化や障壁の《方》や《導》があるならば兎も角、この高さを飛び降りて無傷で済む人間はいない。


 安全帯のような命綱になるものをつけていないのだから、やっている事は飛び降り自殺だ。


「飛ぶかも知れない!」


 警告を発したのは、何も陽が飛翔する《導》を持っていると感知したからではなく、他だ単なる直感だ。


 その姿に陽の嘲笑は益々、強くなる。


「一番、信じてないものにすがったな!」


 六家二十三派が行動の指針とするのは、《導》と理屈だったはずだ。


「誰にでもあるものに頼る事は、恥に等しいんだろう?」


 陽の挑発に対し、六家二十三派の当主二人は……、


「直感は経験と――」


 天賦てんぷの才が関わる分野であるから、自分たちと凡人は違う、といいたかったのかも知れない。


 しかし言葉を最後まで口にできなかったのは、陽が出した攻撃のためだ。


「!?」


 周囲で落下を食い止めていた当主たちも、に目を、に耳を奪われた。



 爆発だ。



 火家かけが持つ火力に比べれば大した事がないのかも知れないが、人を爆殺するには十分すぎる規模の。


 当然だが自爆になる。


「あいつの《導》……?」


 壁に張り付いて落下を阻止した当主の一人が、陽の自爆をそういった。


 それに対し、向けられた声は、「また油断だ」と嘲るもの。


「野球場を丸ごと消滅させられる火家かけ上野派こうずけはBLACKブラック・ goesゴーズ・ the HADESザ・ハデス将星しょうせいレーベンミーティアに比べれば、こんなの取るに足らないんだから驚いても仕方ないだろう」


 その声は、寧ろ感知の《方》があるからこそ驚かされる。



 の声だ。



 今、自爆して当主二人を道連れにしたばかりの男の声。


 陽が、もう一度、頭上から飛び降りてきた。


 ――転移する《導》か!


 陽に飛びかかられよろうとしている当主は目を剥いていた。


 空間や時間を歪める方法は存在する。それを連続で使用するのが矢矯が特異とした超時空戦斗砕だった。それは感知と念動という、基本的な《方》で再現する事ができるのだ。


「しかし、失敗だな!」


 壁にへばりついている当主が手をひるがえし、形成したクファンジャルを投げつけた。


 正確にはコントロールして飛翔させた。矢矯の背へ正確に投擲とうてきしたものと同じような仕掛けなのだから、それもほめめられた攻撃ではない。


 しかし命中する。


 頭上から飛び掛かろうとしていた陽の額へ、クファンジャルは正確に突き刺さった。


 だが死体は失速せず、当主に覆い被され――、



 また爆発だ。



「それは《導》じゃない。有機肥料とガソリンを混ぜて作った爆薬さ。一斗缶を満杯にしたら、二階建ての木造住宅なら全焼させられるくらいのな」


 また陽の声。


 声と共に、次々と一斗缶に詰められた特製の爆弾が投下されてくる。


「――」


 悲鳴があがったのかも知れないが、爆音と爆風は声を、爆炎は姿を塗りつぶしていく。


 次々と当主が脱落していく中、山家さんけ本筈派もとはずはの当主は、その結界の《導》によって爆風を防いでいた。


 ――この爆発、鬱陶うっとうしくて仕方がない!


 一斗缶に信管をつけて放り込んでくるだけならば、ここまで自分たちの思考や気持ちをかき乱しはしなかっただろうが、自爆し続けるという状況の異常さが、この戦場を支配していた。


 自分に向かって、また陽が飛び降りてくる。結界も圧力を持つ者であるから、移動する事はできる。


 避ける。


 避けるが、真横で自爆された衝撃は0にはできない。


 揺らぎは起きてしまう。


 そこへ間髪入れずに、次がくる。


 自爆。


 揺らぎは転落へ繋がりかけ、また体勢を修正するのに苦労させられた。


 いや、させられている最中に、また陽が自爆しに来る。


 自爆、自爆、自爆――何度、起きたのかは分からない。


 少なくとも、周囲が火の海になるくらいは続けられた。


「クソ……」


 地面に軟着陸できた当主は、頭上の距離に舌打ちし、また周囲の状況を一瞥した。虚を突かれ、そのまま押し切られた形になった結果が、この景色だった。


「生きてる人は?」


 まだ消えない炎が感じさせてくる息苦しさに、山家本筈派の当主は、これでもかと深い皺を眉間に刻んでいる。


 苛立ち、屈辱、腹立たしさ……それら全てか綯い交ぜになった顔は、血統崇拝する上で重要視させている容姿にも影響されていた。


「チィッ」


 大袈裟なまで態とらしい舌打ちをさせられたのは、頭上が暗くなっていく……つまり、孝の執務室の床かせ閉じていく事を示していたからか。


 ――どう登ったものか。


 それは難しい訳ではない。結界の《導》を体に伸ばせば、この距離を飛び上がる事は、容易いとまではいわないが、難しいとまではいわない。


「バカなの? 《導》を持ってる百識なら、こんな距離、簡単に飛べるというのに」


 独り言を口にしたのは、どうにも苛立ちが治まらないからだ。


 そして《導》といえば……、


つき あきら…あいつも《導》があった?」


 自爆し続けた男の《導》についた考えた。新家になったとはいえ、鬼家月派から別れたのだから、持っている《導》は鬼神きしん招来しょうらいのはず。


「鬼神に自爆させ続けたって所か。まともに使えないから、随分と品のない攻撃だった事」


 嘲笑を浮かべるが、それは当主の独り言にはならなかった。


「負け惜しみか」


 回答の声は陽のもの。


「俺たちの《導》はな――だよ」


 陽の種明かしが聞こえなかったのは、この場にいた21人の命を奪い尽くした爆音のせいか。


 ただ、頭上で見ている孝は、知っている。


「俺たちの《導》は――」


 口元を歪めた孝の顔は、酷く醜悪だった。孝自身が自覚しているように。



「医療の《導》だ。だ」



 陽の娘、聡子さとこに引き継がれた呪われた《導》――。

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