第4話「大アルカナ13番」

 混乱が訪れていた。


 原因は百識ひゃくしきのトップ六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの当主が全員、行方不明になった事。


 常に当主争いで死人を出し、当主の落命も有り得る六家二十三派であるが、この状況は異常だ。



 当主の血を引く女が、当主争いの末に打ち倒したのではなく、何処とも知れず、全員が横死したのだ。



 当然、六家二十三派――鬼家きけ月派つきはかいが滅ぼしたため正確にいうならば五家ごけ二十二派にじゅうにはだが――は、次の当主に誰がなるのか収拾がつかない状態に陥っている。


「大変な事になってるんですね」


 コンディトライ・ディアーに間借りしている乙矢おとやの元を訪れた真弓まゆみは、他人事ひとごとのようにいった。


「他人事のようにいうのね」


 乙矢がそこを指摘しても、真弓は頭の後ろで両手を組み、


「他人事ですよ~」


 当然の事だと笑う。


「私、六家二十三派じゃないし、それに百識って看板なんて背負って生きてないですから」


 そういう真弓が舞台に上がった経験は二度しかない。


 はじめたちと共に聡子さとこを守るために登ったのが二度目。


 一度目は、乙矢も真弓も人に語りたくないと思っている。


「……」


 だから乙矢も、殊更、いう事はない。


 そして真弓よりも、休憩スペースの隅で熱心に本を読んでいる基の方にこそ意識が向いていた。


 朝から来ている基は。以前のように不登校だから来ているのではない。


 児童養護施設の事件以来、市立松嶋まつしま小学校は自宅学習となっているからだ。読んでいる本は、学校の授業や学習には全く関係のないものであるが。


「ウサギの本?」


 乙矢の視線を追った真弓は、基が熱心に読んでいる本の背表紙を覗き込んだ。


「はい」


 基が顔を上げる。


「学校が閉まっている間も、本筈もとはずさんとウサギ小屋の掃除や餌やりをしてるんです。だから、もっと調べていないと」


 義務づけられているのは掃除と餌やりであるが、その二点だけで終わらせていないのが聡子と基だ。


「僕は、子ウサギが生まれたら、他に移さなきゃいけないとか知らなかったから、もっと勉強しておかないと」


 聡子に聞けば色々と教えてくれるのだが、基が聡子に求めた事は、最適な本を教えてもらう事だった。


「本筈さんも、この本で勉強したっていってたから、僕もちゃんと読んでみようと思って」


 共通の話題を作る事が、自分自身と聡子を繋げる絆になると学習している。乙矢が基に勧めたのも読書だった。


「偉い偉い」


 ポンポンと頭を撫でる真弓であったが、その肩を乙矢がノックするように叩く。


「真弓ちゃんは、自宅学習じゃなかったわよね?」


 基が聡子と共に登校するようになってからは、真弓も真面目に高校へ通うようになっていたのだが、基が自宅学習になって乙矢の部屋を訪れるようになると、また以前と同じようにサボり始めていた。


「自主的に勉強してマスヨ?」


 ただ、そういうしゃべり方は、乙矢には誤魔化している事が丸わかりになってしまう。


「全く……」


 分かっていて尚、いわないのが乙矢であるが。


 そういうタイミングでハト時計がピッピッと何度か鳴く。重りとゼンマイで動くため、毎日とはいわずとも、日々の手入れを書かせられないハト時計は部屋の雰囲気を出すための小道具ではない。


 乙矢はこれくらいのが丁度いいと思って使っている。


「あ、そろそろ僕も失礼します」


 乙矢の休憩時間が終わった事を告げるハトの鳴き声は、基にも聡子との約束の時間が近い事を告げた。


「本筈さんと約束があるので。みんなサボるから、僕たちでウサギ小屋の世話をしてるんです」


「そう」


 乙矢の笑みに対し、基はもう一度、一礼して部屋から出て行った。その姿に、少し眩しそうに目を細めた真弓の姿を、乙矢は見逃さない。


「休憩終わりの一回目は、真弓ちゃん?」


 相談事があるのだろうと乙矢が目を向けると、真弓は少し誤魔化すようにはにかんで、


「知ってます? ウサギって一夫多妻制なんですけど、ライオンとかと違って、オスメスにエサを持ってこさせる訳じゃないんですよ」


 そんな事をいい出したのは、基が読んでいた本の影響ばかりではあるまい。


「知ってる。ウサギは、男が女の世話を全てする。毛繕けづくろいから何もかも」


 肉食獣のハーレムとは真逆の性質がある事は、乙矢も知っていた。


「あ、鳥打くんにそういうイメージが重なるとかじゃないんですよ、ホント」


「それは私も思ってない。鳥打くんがそうとも、真弓ちゃんがそう思いそうとも」


「あはは」


 真弓のこの笑いは、完全に誤魔化した笑い方だ。


 尻すぼみに小さくなっていった笑い声の後、真弓は乙矢からも視線を外してしまう。



「……お父さんの事なんです」



 血が繋がっていない父親の事だ。


「お父さん?」


 真弓が様々な問題を抱えた家庭である事を知っている分、乙矢の声に動揺や不安はない。


「帰ってくるのが、一段と遅くなってます。殆ど夜中ですね。水曜日だけなんですけどね」


 高々、週に一日くらい、なんという事もないはずだが、何かあれば勝手に悪い結果へと繋げてしまう事もある。


「多分、お母さんが起きてる時間に帰ってきたくないのかも知れません。でも、お父さんも、家の外でできる趣味ってないんですよね。はたで見て分かるくらいストレスを溜めていて」


 そこまでいわれた程度でも、乙矢には分かる。


 ――これには解決法はない。


 単純に父親の問題である。解決できるのは父親自身の力しかありえず、真弓や、真弓の母親が気を遣っても拗れるだけだ。


 ――何もせず、悠然ゆうぜんと構えている事が一番の解決方法だけど。


 それが真弓の性格では最も苦痛に感じる事も、乙矢は知っている。聡子の命を賭けた戦いで、基の次に手を上げたのは真弓であり、何も得ない者の中ではいの一番だったのは、自分が動く事は苦痛としていない代わりに動かない事を苦痛と感じるからだ。


「占いましょうか」


 自分の仕事を相談員やカウンセラーに近いと思っている乙矢から出て来た言葉は、ある意味に於いては意外だ。占い師なのだから占いこそが本業ではあるのだが、これは答えを天に任せた事になる。


 最も簡単なタロット占いである一枚引き。


 引かれたカードの答えを、乙矢はいえなかった。


「……え?」


 大アルカナの数字は13番。

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