第5話「DEATH」

 果たして真矢しんやが水曜日に帰宅が遅くなっている理由を――少なくとも真弓まゆみにだけでも――話していたら、何かが変わっただろうか?


 それについての回答は、魔法使い・乙矢おとやであっても一つだけ。



 未来は、誰も確定させられない。



 全てを見通せる目を持っていたとして、それを駆使しても思い描いた結末ばかりに辿り着くかといえば、何の保障もない話である。


 さりとて能動的に力を使った乙矢が引いたカードは、大アルカナの13番。



 カードの名はDEATH。



 正位置のDEATHは、停止、強制的な終了、清算、別れ、離別、消滅などを表す。タロットカードの一枚引きは複雑な問題には向かないが、それでも雄弁に語ってくれるカードであったのは確かだ。


 ――カードに従うならば、父親の関係はきっぱりと終わらす事。新しい出発をするために必要な事だから。


 占い師としては、この解釈がベターといえる。


 ――少なくとも真弓ちゃんはお父さんを、お父さんだと慕っている。だけど、その関係を清算し、他人として生きていく事が、二人ともを解放する手段になる。


 これは家族の崩壊を意味しつつも、家族の崩壊を食い止めるという矛盾を成立させる妙手みょうしゅたり得るからだ。



 ――互いに父と娘という関係ほ失ったとしても、二人の勝ちに変わりはないんだから。



 即ちDEATHの正位置が出たという事は、きっぱりと終わらせるという事を恐れない事こそが求められる。


 ――ここまでが、占いの解釈。


 乙矢は真弓からも分からないように、小さく、そしてゆっくりと溜息を吐いた。


 ――ここからは、私の魔法。


 乙矢の魔法が示した未来は、DEATHの言葉通り。



 真弓の父親、真矢との死別。



 これを伝えるのは簡単だ。


 だが伝え、違う未来にする事は、難しい。


 ――救われる事なんて、真弓ちゃんのお父さんは望んでないから。


 乙矢に分かる事は、まずそれ。真弓に告げようのない事だ。


 だが次に知ったのは――、


「お父さん、水曜日に危ないのかも」





 真矢は何も望んではいない。


 真弓を見捨てられない、家族を捨てられない事で悩む男だ。



 娘から何をいわれようと、また娘が眼前から消えてしまっても、苦痛しか感じようがないではないか。



 ――まだ11時前か。


 何度も時計を確認するのは、暇を潰せる場所をいくつも知っている訳ではないからだ。


 それでも、兎に角、家に帰りたくない。特に、二人が――妻と真弓が起きている間は。


 ――あいつは兎も角、真弓はよいりだ。


 午後11時を過ぎれば妻は眠ってしまうが、真弓は日付が変わる頃まで起きている事が殆どだ。


 ――学校をサボるようになってから、特に夜更かしするようになった。


 最近、変わったかと思ったが、思っただけだ。そういう印象を抱いただけで、原因までは探っていない。本人に聞くのが最も早いが、最早、真矢と真弓は口をきくのも身構える必要があるくらいになっていた。


 そんな事よりも、真矢はどこで時間を潰すかを考える方を優先する。


 真弓がいっていた通り、真矢も外でできる趣味を持っている訳ではない。0時までやっている飲み屋や、夜明けまでやっているカラオケ店、24時間営業のマンガ喫茶も知っているが、毎週の事となれば――、


「小遣いがな」


 財布の中身を気にすると週に一度の外食でも気になってしまう、というのが真矢の正確だ。


 最早、月々の生活費も最低限しか支出する必要はなく、割と高給取りといっていい自分の給料を全て小遣いにしてもいいのだが、それをしていない。


 理由は孝に愚痴った通りだ。


 残される貯金は、真弓と妻に残されていくだけだというのに、嫌いになれないからこそ積み上げてしまう。


 ――バカバカしい話だ。


 そう思いながらも、真矢は月の小遣いを2万と決めて、そこから足を出さないように生活している。


 どこで時間を潰したものか、と考えていたからか。



 不意を突かれるとは、そういう事をいうのだろう。



久保居くぼい真矢しんや?}


 不意に呼ばれた名前に真矢は足を止め、振り向いた。


 真矢の視界に入ってきたのは――、いや視界そのものがくるりと回転していた。


 敢えて見えたものをいうなら、ローテクスニーカーを履いた足下だ。


 ――踝が見えてるのは、七分丈のボトムと、カバーソックス? ソックスカバー?


 そんな事を思ってしまう程、真矢の中で現実味が薄れていく。


 視界が回転した理由が、相手の足の次に見えたのだ。


 足。


 足なのだ。


 見覚えのある革靴を履いた、脹ら脛から切断された足が二本、自分が立っていたはずの場所に置かれている。


「こんばんは」


 頭上から向けられる声があるが、どこか遠くから聞こえてくるような気がしていた。


「真弓の保護者?」


 聞き慣れない単語だからだったかも知れない。


 保護者といった理由が、すぐ後に告げられた事も他人事のように聞こえる。


。初めまして」


 誰のとはいわずも、文脈から明白だ。


 今、自分を見下ろしている男が、真弓の父親。


 見上げようとした。


 しかし止まった。


「お父さん!」


 真弓がそう呼んだのが、自分なのか、それとも自分を見下ろしている男なのか、真矢には判断ができなかったからだ。

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