第16話「従者、到着」
「!?」
「え? もう?」
声が高くなってしまうほど、驚いているのは
驚いている二人は
そんな二人へ、驚いていない最後の一人が声をかける。
「乙矢さんの魔法ですよ」
梓は、これが乙矢の力だと知っている。
何の脈絡もなく、また仕掛けもなく、こういう現象を起こしてしまう事が乙矢の「魔法」と呼ばれる力だ。
「こんな一瞬で済むなら、あの時、
陽大が不満そうな顔をしてしまうのは、聡子の命がかかった大決戦で弓削の到着が早ければ。もっと楽に勝てていてハズだと思っているからだ。
――俺の事はいいけど、
初戦に自分が出た事は兎も角としても、次戦に
「乙矢さんの魔法も無制限じゃないんですよ。自分に絶対の自信がない事はできないそうです」
制約がない事が制約というのは、基でも理解しているとは言い難いのだが。弓削のメシの種でもある古本を積んだ箱バンを放置すれば、今と同じ瞬間移動もできると確信できたのだろうが、その確信がない行動は乙矢の魔法では再現できない。
「本人が身に着けている自信、機知、経験などが制約です。できると確信している事しかできません」
それは乙矢の魔法と煮ている梓の
「そうなんですか?」
陽大に聞き返された梓だったが、「そうです」と短い一言しかいわない。
いえなかった。
――これが当主の《導》ですか。
屋敷全体を鬼神で飲み込んだといった当主であったが、屋敷の外見は変わらない。本当に
「結界ですね」
基が眉間に皺を寄せつつ、屋敷の方へ手を
「ええ」
頷きこそしたが、梓は陽大と基には聞こえないよう、小さく舌打ちしていた。
――中と外を隔離するための結界でしょうね。
外からは入れず、中からは出られない状況を作るための結界なのだから、簡単に破れるようなものでない事だけは調べるまでもない。
「僕の
基の言葉が、梓の思考を裏付けた。
高い防御力を備えた《導》を、防御ではなく相手に制限を与えるために使う。
「違うのは、僕のは見えるけど、これは見えない事……それと――」
「それと?」
そこで始めて梓は基に顔を向けた。
「これ、二重になってます。外に堅い防御用の決壊があって、中にもう一つ……何だろう? これは……」
基に困惑した顔をさせるのは、経験と知識が不足しているという児童ならではの欠点だった。
「NegativeCorridor」
梓も《導》を展開させる。
「
基と同じく探査する《導》だ。
「確かに、これは何重かになっていますね」
基は二重といったが、二重以上の探査ができないのだから、最低でも二重、最大ならばそれ以上といった。
「外側には空間的に分ける結界、内側には時間的に分ける結界ですね」
進むのも退くのも厄介にする目的の結界――簡単な一言で言うならば、そうなる。
「どれくらいなのかはわかりませんが、こちら側と、会様がいる場所では時間がズレています。多分、中は外よりも時間の進みが遅い。止まってはいないでしょうけれど……」
額を拭った指先に、梓はぬるりとした汗を感じていた。
――こちら側より時間を早く進める必要はないんですから、遅くしているはず。ならば会様は、もう何日も戦っているという状況も……。
梓に脂汗を掻かせているのは、結界を破って突入した先で、会が既に敗れているかも知れないという状況だ。
梓も会が弱いとは思っていない。
だが当主に勝るとも思っておらず、何日にもわたる戦いに勝利する姿は想像の外。
「破りましょう」
梓の意識を現実に引き戻したのは、基が口にした言葉と、その手にある黒い輝きだった。
「外側がどれだけ堅くても、斬れるはずです」
自分の電装剣は、どんな結界であっても切り裂ける力がある、と基が構えを取る。
「だから内側を――」
「俺がやろう」
陽大は飛び込むつもりだと腰を落とした。
「多分、こういう場合、堅い結界を何枚も張るというのは現実的じゃないんでしょう?」
生け贄役である経験からか、基は人の顔色を見てしまっている。梓の迷い、不安を感じ取ったからこそ、考えを巡らせていく。
「一番、堅いのを一枚だけ用意した方が、それなりに堅いものを何枚も用意するより負担も少ないし、何か効果を発揮するフィールドを作っているんだったら、……えっと……」
早口になって詰まってしまうのは、基の悪癖だろうか。
「コンフリクトを起こしますね」
その姿が梓に冷静さを取り戻させた。
コンフリクト――競合を起こす可能性があるならば、今、感じ取っている二重の結界は、外側は堅いが内側は弱いはずだ。
「外側は鳥打くんの電装剣で斬れます。内側は弦葉さんの攻撃でも、私のNegativeCorridorでも何とかなるでしょう」
入る算段は立つ。
「ただ完全に破壊する事はできないでしょう。ひびを入れるくらいが精々、そのひびも修復される」
「飛び込めば、何とか?」
そう訊ねた陽大に対し、梓はゆっくり頷いた。どれくらいで、もう一度、結界が閉じてしまうのかは斬ってしまわなければ分からない。
「僕は、入れないかも知れませんね」
電装剣を構える基は、振り下ろした直後にダッシュする技術はない。内と外の結界に挟まれる危険性を考えれば、基の仕事は斬るだけで終わらせる方が良い。
「俺は、身体ごとぶつかる」
陽大の方は、それで済む。
「はい。鳥打くんのタイミングで」
梓も陽大と同様に腰を落とした。
「はい!」
基は騎馬立ちになり、電装剣を八相に構える。
「行きます!」
電装剣の黒い光が屋敷を包む結界を断ち割り――、
――
僅かとしかいえない隙間へ、陽大は身体ごと飛び込んだのだった。
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