第16話「従者、到着」

「!?」


 陽大あきひろは唐突に切り替わった視界に目を見開かされた。


「え? もう?」


 声が高くなってしまうほど、驚いているのははじめ


 驚いている二人は乙矢おとやが間借りしているコンディトライにいたのだが、一瞬、視界が暗転したかと思うと山中の屋敷を見上げる場所にいた。


 そんな二人へ、驚いていない最後の一人が声をかける。


「乙矢さんの魔法ですよ」


 梓は、これが乙矢の力だと知っている。


 何の脈絡もなく、また仕掛けもなく、こういう現象を起こしてしまう事が乙矢の「魔法」と呼ばれる力だ。


「こんな一瞬で済むなら、あの時、弓削ゆげさんをもっと簡単に連れてこれたんじゃないの?」


 陽大が不満そうな顔をしてしまうのは、聡子の命がかかった大決戦で弓削の到着が早ければ。もっと楽に勝てていてハズだと思っているからだ。


 ――俺の事はいいけど、的場まとばさんが大怪我する必要なかったんだろ。


 初戦に自分が出た事は兎も角としても、次戦に仁和になが出た事は不必要だったはずだと思ってしまうのが陽大のメンタリティであるが、そうやって眉間に皺を寄せていると基が口を挟んでしまう。


「乙矢さんの魔法も無制限じゃないんですよ。自分に絶対の自信がない事はできないそうです」


 制約がない事が制約というのは、基でも理解しているとは言い難いのだが。弓削のメシの種でもある古本を積んだ箱バンを放置すれば、今と同じ瞬間移動もできると確信できたのだろうが、その確信がない行動は乙矢の魔法では再現できない。


「本人が身に着けている自信、機知、経験などが制約です。できると確信している事しかできません」


 それは乙矢の魔法と煮ている梓のNegativeCorridorネガテイブ・コリドーも同様だからこそ、梓は一人でこの場に陽大と基を連れてくる事ができなかった。


「そうなんですか?」


 陽大に聞き返された梓だったが、「そうです」と短い一言しかいわない。


 いえなかった。


 一瞥いちべつすらしない梓は、屋敷を包んでいる異様な《導》に顔を歪めていたのだ。


 ――これが当主の《導》ですか。


 屋敷全体を鬼神で飲み込んだといった当主であったが、屋敷の外見は変わらない。本当にかいやその姉妹のような異形の鬼神を出現させて屋敷を包み込んでしまっては、自分が戦っている事を知らせる事になるし、また自分の《導》を大仰に喧伝する事にもなる。それは近接戦闘という六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの常識を覆す戦法を採る当主にとっては致命的なミスになりかねないからだ。


「結界ですね」


 基が眉間に皺を寄せつつ、屋敷の方へ手をかざしていた。聡子の《導》によって生き返った基が最初に手にしたのが感知というよりも、解析の《導》だった。陽大や孝介は元より、弓削や矢矯が持つ感知の《方》を超越したもので、構造を知る事ができる。


「ええ」


 頷きこそしたが、梓は陽大と基には聞こえないよう、小さく舌打ちしていた。


 ――中と外を隔離するための結界でしょうね。


 外からは入れず、中からは出られない状況を作るための結界なのだから、簡単に破れるようなものでない事だけは調べるまでもない。


「僕の魔晶ましょう氷結樹ひょうけつじゅ結界けっかいと同じみたいです」


 基の言葉が、梓の思考を裏付けた。



 高い防御力を備えた《導》を、防御ではなく相手に制限を与えるために使う。



「違うのは、僕のは見えるけど、これは見えない事……それと――」


「それと?」


 そこで始めて梓は基に顔を向けた。


「これ、になってます。外に堅い防御用の決壊があって、中にもう一つ……何だろう? これは……」


 基に困惑した顔をさせるのは、経験と知識が不足しているという児童ならではの欠点だった。


「NegativeCorridor」


 梓も《導》を展開させる。


libraryライブラリー


 基と同じく探査する《導》だ。


「確かに、これは何重かになっていますね」


 基は二重といったが、二重以上の探査ができないのだから、最低でも二重、最大ならばそれ以上といった。


「外側には空間的に分ける結界、内側には時間的に分ける結界ですね」


 進むのも退くのも厄介にする目的の結界――簡単な一言で言うならば、そうなる。


「どれくらいなのかはわかりませんが、こちら側と、会様がいる場所では時間がズレています。多分、中は外よりも時間の進みが遅い。止まってはいないでしょうけれど……」


 額を拭った指先に、梓はぬるりとした汗を感じていた。


 ――こちら側より時間を早く進める必要はないんですから、遅くしているはず。ならば会様は、もう何日も戦っているという状況も……。


 梓に脂汗を掻かせているのは、結界を破って突入した先で、会が既に敗れているかも知れないという状況だ。


 梓も会が弱いとは思っていない。


 だが当主に勝るとも思っておらず、何日にもわたる戦いに勝利する姿は想像の外。


「破りましょう」


 梓の意識を現実に引き戻したのは、基が口にした言葉と、その手にある黒い輝きだった。


「外側がどれだけ堅くても、斬れるはずです」


 自分の電装剣は、どんな結界であっても切り裂ける力がある、と基が構えを取る。


「だから内側を――」


「俺がやろう」


 陽大は飛び込むつもりだと腰を落とした。


「多分、こういう場合、堅い結界を何枚も張るというのは現実的じゃないんでしょう?」


 生け贄役である経験からか、基は人の顔色を見てしまっている。梓の迷い、不安を感じ取ったからこそ、考えを巡らせていく。


「一番、堅いのを一枚だけ用意した方が、それなりに堅いものを何枚も用意するより負担も少ないし、何か効果を発揮するフィールドを作っているんだったら、……えっと……」


 早口になって詰まってしまうのは、基の悪癖だろうか。


「コンフリクトを起こしますね」


 その姿が梓に冷静さを取り戻させた。


 コンフリクト――競合を起こす可能性があるならば、今、感じ取っている二重の結界は、外側は堅いが内側は弱いはずだ。


「外側は鳥打くんの電装剣で斬れます。内側は弦葉さんの攻撃でも、私のNegativeCorridorでも何とかなるでしょう」


 入る算段は立つ。


「ただ完全に破壊する事はできないでしょう。ひびを入れるくらいが精々、そのひびも修復される」


「飛び込めば、何とか?」


 そう訊ねた陽大に対し、梓はゆっくり頷いた。どれくらいで、もう一度、結界が閉じてしまうのかは斬ってしまわなければ分からない。


「僕は、入れないかも知れませんね」


 電装剣を構える基は、振り下ろした直後にダッシュする技術はない。内と外の結界に挟まれる危険性を考えれば、基の仕事は斬るだけで終わらせる方が良い。


「俺は、身体ごとぶつかる」


 陽大の方は、それで済む。


「はい。鳥打くんのタイミングで」


 梓も陽大と同様に腰を落とした。


「はい!」


 基は騎馬立ちになり、電装剣を八相に構える。


「行きます!」


 電装剣の黒い光が屋敷を包む結界を断ち割り――、


 ――φ-Nullファィ・ナルエルボー!


 僅かとしかいえない隙間へ、陽大は身体ごと飛び込んだのだった。

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