第34話「終局だと皆はいう――1対1」

 ――この二人か!


 残った二人に対し、小川はこらえきれずに笑ってしまった。



 孝介こうすけとルゥウシェ。



「よりにもよって」


 笑いながら、いたたまれないとでも揶揄やゆするように、大袈裟に、そしてゆっくりとうつむき加減にした頭を左右に振る。


 ――お前が望んでいたのは、的場まとば孝介こうすけじゃなかったよな。


 上げた視線に安土あづちとらえる。


矢矯やはぎ じゅん弓削ゆげ わたるなら、ひょっとしたらルゥウシェと互角だったかも知れないな」


 切り抜ける手はずは、その二人と乙矢おとやだったはずだ。


「俺が封じたけどな!」


 しかし駒落ち戦にされたとしても、この状況は最悪の部類だ、と小川ですら声を出していってしまう。


「的場孝介を最後まで残してしまった事が、そもそも悪手だった。半死人なんか、とっとと序盤で消費しておくべき」


 小川の認識では、第一戦のバッシュと戦わせておけば良かった。


「バッシュも死なずに済んだだろうしな」


 陽大あきひろたおすためにの自爆など必要なかった。初手のソロモンだけで決着がつき、孝介の死に様は観客を満足させたはずだ。


弦葉つるば陽大あきひろを失うよりはマシだっただろう?」


 挑発的な視線を送る小川であるが、安土はそれに気付いていない。



 ステージの上に残された孝介とルゥウシェは、どちらが優勢であるか明白であるからだ。



「もう終わりだものな!」


 小川の声は、この場にいる観客全員の総意でもあった。


 体勢は整ったのかも知れない。孝介は立ち上がれた。


 だが手にした剣はへし折れ、ダイヤモンドダストのダメージは明白だ。



 ルゥウシェが一瞬の後に勝利する未来以外を思い描ける者が、この場に何人、いようか。



「的場さん……」


 神名かなが乱入も考えたのだが限界だ。麻痺の残る身体であるから、コントロールできる《方》がなければどうしようもない。保って数秒では乱入はリスクを背負うだけになる。


「……」


 見つめているはじめも、何もいえない。そもそも基は単独では戦力外だ。電装剣はルゥウシェでも防ぐ手立てを持てないが、当てる技術が未熟だ。魔晶氷結樹ましょうひょうけつじゅ結界けっかいという強力な拘束手段は、ペテルとカミーラの協力があってこそ成り立つ。目を抉られたペテル、利き手を奪われたカミーラでは十分な役目は果たせない。


 真弓まゆみは倒れたままだ。オロチのダメージは致命傷を負わせなかったが、戦闘力を全く残さなかった。


 陽大も戻ってきていない。ソロモンとインフェルノをまともに浴びたのだから、四肢が残っていただけでも奇跡の類いだと思うしかない。


 仁和になも同様。


 弓削も来ず、乙矢も未だ戻れていない。



 安土側の命運は孝介が一人で握る事になっていた。



「半分、死んでるんでしょ。もう半分、死んで、全部になっても大差ないわよ」


 ルゥウシェは刀を左手に持ち替え、右手を翳す。


「リメンバランス」


 孝介と1対1になれば、真弓や基に振るった刀を使った《導》の合成は振るわない。


 ――あれはベクターを粉々にするためのもの!


 孝介を殺すのは、矢矯へ絶望を与えるためだ。


 ならば振るう《導》も決まっている。


「インフェルノ――煉獄れんごくの記憶!」


 陽大を薙ぎ払い、初戦の一勝を得た《導》だ。


「燃えろ、燃え尽きてしまえ!」


 放ったルゥウシェは目を見開き、渦巻く炎を手掌しゅしょうで操る。


 ――これ……!


 戦慄する孝介にとっては、この《導》は自分が初めて見た六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの《導》である。その時と同じく、インフェルノは複数の腕を持つ巨人のように、炎の柱はうねりながら孝介へ迫った。


 ――落ち着け! 落ち着け!


 折れた剣を構えつつ、孝介は《方》を展開させた。この《導》を始めてた時、対峙していたのは矢矯だった。


 ――ベクターさんは斬り込んだぞ!


 最大戦速が時速1200キロに達するという矢矯だからだ、という思いはあるが、だから自分には不可能だという考えは頭の片隅からすらも追い出した。


 ――俺はベクターさんから教わってる!


 インフェルノに限らず、矢矯がリメンバランスを飛び越えて斬り込むために使っている方法は、全て叩き込まれているのだ。


 ――感知!


 襲いかかってくる《導》だけでなく、自分の立ち位置、ルゥウシェの立ち位置、それだけでなく腕の位置、何秒でどこへ移動すればいいかすらも感知させる。


 ――念動!


 そこへ移動するために身体を動かす。筋力で動かすのではない。自分の手足をアクションフィギュアとでも思い、念動でコントロールし、操作する。荷重移動すらも念動の支配下に置き、それら全てで筋力をどれだけ上乗せしても到達できないスピードに身を置く。


 反動も感知の《方》で掴み、念動で打ち消していく。


 ――障壁!


 身体の中で渦巻く石井の呪詛は、障壁にて防ぐ。今は弱める程度で留める必要はなく、消費が大きくなろうとも全て止めてしまう。


 感知、念動、障壁――初歩的、基本的といわれる《方》だが、それを組み合わせ、また細かく細分化させる事で、ルゥウシェに抵抗する。


 ――避けろ!


 インフェルノの中へ飛び込む孝介は、腹を括った。自爆を覚悟していたバッシュと違い、自分の周囲に安全圏を作っているルゥウシェでは飽和攻撃が仕掛けられない。


「ちょこまかちょこまか……」


 苛立ちが募るルゥウシェは、炎の柱を操るスピードを増して行く。コントロールは甘くなるのだが、だからどうした、といわんばかりに。


 ――だからどうした!


 少々、雑になった所でどうでもいい。


「逃げて時間稼いでも、何も変わんないんだよ!」


 孝介が手にしているのは、もう刃物ではないのだ。金属の棒だ。怖れるに足らない。


「ベクターは逃げた! 臆病者が、もうこんなところに来るものか!」


 事実かどうか、孝介の誇りを傷つけられるかどうかよりも、矢矯という男はそうでなければならないと思っているからこそ出る言葉だった。


 ――劇団!


 インフェルノに乗せるのは、矢矯が引っかき回してきた自分の貧乏劇団の事。


 ――みんな、将来を夢見て、必死にやってきてたんだ。それを、自分の我が儘を聞いてくれないからって、ぶっ潰されて堪るか!


 矢矯と安土が資金を引き揚げた事で、どれだけの苦労が必要だったか、その悔しさが《導》に力を与えていた。


 ――メイに手伝うからなんて格好いい事いっておいて、本音はただメイに自分のいう事を聞かせたかっただけ。自分を最優先にしなきゃ我慢ならない、ガキみたいな独占欲で、本当は手伝いなんてする気はなかった!


 視界が真っ赤に染まる想いがあった。


「見下げ果てた男、この命の遣り取りになる場から逃げ出さない方がおかしい!」


 そんな矢矯の弟子など、この場で消し炭にする――それがルゥウシェの望みだ。

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