第33話「誇りの応酬――1対1」

 ざわめき混じりの歓声が、真弓まゆみにも現在の状況を知らせてきた。


 ――何かされたのね。


 その程度の認識であったから、振り向いて孝介こうすけとルゥウシェを確認するような事はしなかった。もし孝介がルゥウシェに斬られていれば、もっと大歓声になっている。


 斬られたのでなければ、自分の目の前にある事へ集中するだけだ。


 ――踏ん張れないと!


 体中に痛みが走っていた。


 石井の日本刀が掠めた傷から呪詛を流し込まれた。魔法で無力化する事は不可能ではないが、それよりも攻撃を優先した結果、呪詛は効果を押さえ込んだだけに留まっている。


 そしてルゥウシェの放った3連続の《導》を受けた身体は、深刻でないというだけでダメージがある。


 真弓は、念動や障壁の形を変える事で四肢を無理矢理、動かす術はない。



 消耗やダメージは致命的なになる。



 真弓はタイムリミットが近いと直感していた。


「ッッッ」


 歯を食い縛り、体勢を整えようとする石井へ力を加えていく。石井のフィジカルであるから、平均的な女子でしかない真弓では押し切るような事はできない。


 この至近距離から波動砲レールガンを打ち込めれば良かったのだが、生憎と右手の短剣と左手の三日月刀をハサミのように十字にして耐えているため、この二つを使って波動砲を発動させる事はできない。それでなくとも、細剣か長剣を使わなければ、波動砲のレールにはできないが。


 石井は押さえ込まれた形になっている日本刀をテコにして、身体を起こそうとする。明らかなミスだ。押せば引かれるのがオチなのだから。剣道では鍔迫り合いの弱い剣士など有り得ないが、石井には剣道の経験はない。


 真弓も剣道の経験はないが、咄嗟に身体を動かす事ができた。


 ――引け!


 押し遣ろうとする力を緩め、石井が前のめりになるように引く。


「もーらいッ!」


 案の定、石井が前へつんのめった所へ前蹴りを見舞った。この前蹴りも、何か特別な教育や訓練を受けていない真弓であるから、力任せの乱暴なだけの代物であったが、ダメージを与える事が目的ではない。


 前につんのめっていた石井は、鳩尾から突き抜けてきた衝撃によって、今度は仰向けになる勢いで後ろへ倒されそうになる。


「ちちんぷいぷい」


 それを見越し、真弓の魔法が発動する。


「ビビデ・バビデ・ブゥ」


 歪められた石井の目にも、その動作は見えた。


「なァ……める……なァッ!」


 くじけそうになる身体に鞭を入れ、踏ん張る。


 ――ちょっとだけ……一瞬だけでも足が立てばいい! 私の刀は、急所に当たらなくても致命傷だ!


 真弓が呪詛に蝕まれている事は見抜いている。


 体勢を大きく崩されてしまったが、無様にたおれる様な事はない。蹈鞴たたらを踏む事にはなるが、その一瞬さえ稼いでしまえば、真弓と1対1なら勝てる。


 ――お前の魔法なんて、この距離、この時間で使えるものじゃない!


 波動砲は恐ろしい威力を秘めていたが、構えるというワンテンポがある以上、この間合いでは怖れるに足らない。


 ――ただ一瞬、一瞬でいい!


 歯を食い縛り、真弓がどの魔法を放ったかは知らないが、耐えるだけだ。ルゥウシェのリメンバランスや、アヤのハロウィンのような強大な《導》でなければ――即死させられるようなものでないならば耐えられる。


 ――《方》しかない新家が!


 そのプライドは矢矯やはぎ弓削ゆげならば嘲笑の種にしてしまうのだが、今、石井の両足を支えるものであるのは確かだ。


 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの一つ、雲家うんけ衛藤派えとうはに名を連ねているというプライドが石井を立たせる力になる。


「魔法だかなんだか知らないけど、やれるものなら、やってみろ!」


 石井が吠えた。


 正に血を吐く咆哮であったが、その身体を襲った魔法は、石井のプライドを力尽くでへし折り、屈しない膝を無理矢理、屈させるようなものではなかった。


 石井は衝撃など、何も感じなかったのだから。


「!?」


 寧ろ感じたのは、腰から背に掛けて、自らの身体を包み込み、支えるような感覚。


「低反発クッション」


 包み込んだものの正体を、真弓自らが口にした。ダメージを与えるモノではなく、寧ろ包み込んで支えるものを出現させたのだ。


「……何?」


 そんな考えは石井にはなかった。


 ――なくて当然! 叩き潰す事、打ち砕く事しか考えてなかったんだから!


 そもそも相手の背後に低反発クッションのようなものを出現させる《方》や《導》など、六家二十三派にもない。


 それ故に、石井は今まで最も無防備な姿を晒す事となった。


 打撃ならば耐えられた。


 それは《方》でも《導》でも同じだ。


 だが受け止め、それが低反発クッションのようなものとなれば、寧ろ耐えようと踏ん張っていた足にすら力を伝えなくする。



 これが隙でなく、なんだというのか!



「――!」


 踏み込む真弓に気合いの雄叫びなどはない。戦う術に関しては、何の経験もない高校生だ。


 ただ一つ、ここで振るう刃を魔法でイメージさせるだけだ。


乗雲じょううん!」


 右手の短剣を突き出す。その切っ先に乗る魔法により、鋭さを極限まで研ぎ澄ませる。


 突き入れ、それを上へ――、


龍神翔りゅうじんしょう!」


 天へ駆け上がる龍の如く、魔法が作り出したのであろう燐光を放ちながら、刃は石井の左手を断ち切った。


 ――勝った!


 四肢を強引に切断される激痛は、容易に人の意識を奪う。


「勝ちでしょ!」


 自らの身体まで跳ね上がってしまう程の衝撃の中、真弓は残った一人、ルゥウシェを見遣る。案の定、孝介は斬られていない。


「少しだけ時間を稼いで! 今から、斃す準備を――」


 加勢に行くという真弓であったが、その背から刀の切っ先が突き出ていた。


「!?」


 突然の激痛に身体を貫いた刀を見遣る真弓。


「石井……」


 突いた来たのは石井だ。


 四肢を失う激痛から必死に意識を繋ぎ止め、せめて一矢をと突き出したのだった。


 そして刀を突き入れたという事は――、


「リメンバランス」


 石井の《導》がくる。


「オロチ――暴流ぼうりゅうの記憶」


 その《導》は、刀に宿る7種の呪詛に、もう1種を加えて暴走させるもの。


「!」


 真弓の顔が歪む。


 いや、歪むなどという表現では足りない。



 それは何もかもを破壊しようとする最大の呪詛なのだから。



「この……」


 振り返る真弓は、右しか向けない。


「右手に持ってる短剣じゃ、そんな体勢からじゃ切れない。ポジショニングミス」


 笑う石井は、右手の短剣と左手の三日月刀を持ち替えれば済む話であるが、持ち替える一秒があれば、真弓を戦闘不能にするには十分だと断じている。


「くぅぅぅぅッ」


 この世に存在するありとあらゆる苦痛は、真弓の身体へ、ただ左右の武器を交換する事すらも難しくしている。


 一秒だと石井はいったが、そんなものではない。


 真弓は――、


「なめないでよ……」


 耐える。何秒かかったとしても、右に三日月刀を持ち替え、振り上げる。石井とて限界なのだ。指している右腕は刀を支えるだけだ。


 ――気力の勝負なら、私は負けない。私は、六家二十三派だ!


 そんな矜恃があるものか――石井は真弓を睨み付ける。


 だが、あるのだ。


鳥打とりうち君の……」


 真弓は、見た。


「鳥打君の痛みは、こんなものじゃなかったんだから!」


 基が受けた死の苦痛は、こんなものではない!


 振り下ろした三日月刀は、石井の右手を斬り飛ばした。


「このッ!」


 身体を振り回し、石井の腕ごと刀を抜く。


「ちちんぷいぷい……」


 身体を蝕む呪詛を無料化しようと魔法を使うが――身体的には一般人でしかない真弓である。


「……」


 魔法を発動させる呪文も、もういえなかった。



 真弓、引き分け。



 いよいよ1対1――!

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