第32話「月を斬る――2対2」

 ルゥウシェと石井が、孝介こうすけ真弓まゆみの間に流れた空気を感じ取って行動したのかどうかハッキリしない。二人とも、そう簡単に理解し合えないと断じる性格だ。特に、ルゥウシェから見て、矢矯の弟子である孝介は、付和雷同すらもできない輩で


 この《導》が飛び交う、戦場と化した舞台で停止してしまうという愚を犯した二人に、それ相応の結末をもたらすために動いた。


「リメンバランス」


 手を翳したルゥウシェは石井の身体越しに《導》を狙う。直線で走る《導》ならば石井に流れ弾が行くかも知れないが、そうでない《導》も身に着けている。


「ラディアン――光の記憶」


 それは美星メイシンが二人に放った事もある、足下から立ち上る光の《導》だ。


「跳んで避ければ裕美が狙う!」


 回避不能の《導》ではない事は美星が斬られた事で証明されてしまったが、今、同じ方法を取ろうとすれば石井が防いでくれる。


「どっちか終わった!」


 十分な勝機だと石井がいい、ルゥウシェも確信していた。女権、女系故の血統崇拝にも似た能力至上主義の元で生まれ、育った石井だ。当主にこそなれなかったが、石井のフィジカルは並のアスリートなど凌ぐ。


 別の方向へ跳んだ二人だが、どちらがどちらへ跳んだか、把握できない石井ではない。


 ――的場まとば孝介こうすけはルーに!


 石井が狙ったのは真弓だ。孝介を斬り、矢矯やはぎへ大打撃を与える事こそがルゥウシェの望みと分かっているし、真弓は孝介と違い、身体操作を身に着けていない。


 崩れようのないロジックだった。


 ――丸腰!


 真弓はルゥウシェの《導》によって細剣すらに失っていた。


 石井は白いキャミソールと、ライトグリーンのハーフパンツに挟まれた腹に狙いを定め、自ら7種の呪詛を集めて作った日本刀を水平に――、


「こっちも読んでた!」


 石井の思考を遮るように真弓が怒鳴った。


 確かに、真弓は厳密にいうならば、身体操作も身体強化も身に着けていない。


 だが真弓が身に着けている唯一の魔法とは、如何なる理由、原因、経過を無視して発動するものだ。


「このッ!」


 両腕に感じた衝撃に、石井は歯噛みさせられた。


 無手だった真弓なのに、今、その右手には短剣が、左手には三日月刀があり、それを十字に構えて石井の刀を受け止めていた。


 体格では石井が勝るも、魔法の威を笠に着て、真弓は押し返していく。有り得ない事が起きたという衝撃は、身体に損害こそ与えないが、体勢を大きく崩すというダメージは負わされる。


 ――押し返す!?


 石井にそう思わせた時点で、十分な価値があった。


 ――分かってない!


 言葉にこそ、声にこそ出していないが、石井が何をどう思ったのか、真弓は確信した。


 押し返してはいない。



 真弓が狙ったのは、押しやる事――分断だ。



「2対2にはできないから、1対1にする?」


 かたわらで見ている形になるルゥウシェには見えていた。今更、2対2にできないのは、ルゥウシェの思い描いていた通りだ。真弓と孝介では、どうしようもない。気心が知れているとは言い難く、舞台に上がる理由とて違う。共通していると辛うじていえる基の事でも、懐いている感想が違うのだから、息の合った連携など望むべくもない。


 ならば1対1を二組にするという選択肢に辿り着くのは必然だ。


 ただし――、


「バカじゃないの!」


 ルゥウシェの台詞は、二人に対する悪意や敵意だけでなく、現状が見えているからこそ出てくるものだ。


 真弓は石井を押し遣り、1対1の空間を作った。


 だがルゥウシェと対峙する孝介は――、


「ふーん」


 真弓と違い、ラディアンを避けただけで動けなくなっている孝介へ、ルゥウシェがなめ回すような視線を送っていた。


「全然、足も立ってないようだけど?」


 孝介の身体で呪詛が暴れている。真弓をダイヤモンドダストから救うべく、無茶に動きをした。障壁による防御も、念動による制御もできない咄嗟の行動だったのだから、呪詛は存分に自らの役目を果たした。


「……」


 孝介は身体の中にある障壁を再構築し、念動を張り巡らせて呪詛に抵抗するが、間に合っているとは言い難い。


 ――何度も殺されてるぞ……。


 自覚がある。動けたのは、真弓を庇った時と、ラディアンから逃れた時の2度だけ。後は動けていないのだから、《導》や《方》など必要なかった。ナイフ――それもカッターくらいがあれば事足りてしまう程の隙だった。


 ミスだ。


 ミスだが、この場に来て孝介は開き直る事を覚えた。


 ――ルゥウシェが俺を見下してるからこそ、助かったんだ!


 今とて孝介をバカにする事にばかり気を取られている。真弓は兎も角として、孝介が動けないのは事実であるし、軽挙妄動――真弓を助けに走るため、万全の体勢を整えなかった不備がある事も確かだが、それを回復させる力もないと断じるのは、明らかなルゥウシェのミスだ。


 ――乗らせてもらう!


 動ける体勢が整うと同時に、孝介は剣を大きく大上段に構えた。


「距離、ありすぎ」


 ルゥウシェからは嘲笑。ソニックブレイブも、来ると分かっていれば《導》で迎え撃てる。矢矯はタイミングを外さないが故にバッシュを斬れた。ルゥウシェは運としか思っていないにしても、孝介には本当に運が必要なくらい技量が足りていない。


 だがもう一手、孝介にはある。


 ――見たな……。


 ルゥウシェの目が切っ先に集中したと同時に、孝介は剣をゆっくりと旋回させた。


 切っ先に意識を集中させ、時間を奪う――孝介が持つ別の一手、My Brave,Silver Moonだ。


 だが旋回が一周したところで、その光景は出現した。


「それは裕美が見せてくれた! 脳筋が、少しでもいいから頭を使ってみせな!」


 銀の月を切り裂くかのようにルゥウシェが振るった刀は、孝介の剣をへし折り、切っ先を宙に舞わせたのだった。

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