第33話「精一杯の、さよなら」
レバインが姿を消した事により、立っていられる者が
歓声は一際、大きかった。
それだけ派手に死人が出たという事の裏返しでもあるが、その最後の死者になるであろう男が崩れるのには悲鳴を上げた者がいる。
「ベクターさん!」
刀身が消えた
――何でこんなに足が遅いんだよ、俺は!
久しぶりに自分の筋力だけで走った気がした。そもそも運動が得意な百識など稀であるし、新家ともなれば一般的としかいいようがない。
抱き起こされた矢矯は、また出血していた。まだ念動で出血を押さえているが、もう厳密な制御はできなくなっているのだろう。
「もう《方》を使う必要はないな」
肩で息をしながら孝介を見遣った矢矯は、今、駆け寄ってくる時も、孝介が念動や感知を使っていない事を感じ取っていた。
この舞台が孝介と仁和が百識である最後の瞬間だった。
「もう、使う必要のない生活になれる」
矢矯は笑った――つもりだった。
だが現実には顔の筋肉が少し引きつっただけで、表情は変わらなかった。
そして主語を抜かした言葉は、孝介に矢矯が《方》を使う必要がなくなったと解釈させてしまった。
「血を、血を止めないと! 《方》を使って!」
出血を止めろと声を荒らげる孝介。孝介の念動は、身体の外に出せばティッシュ一枚、持ち上げるくらいしか力を発揮してくれない。身体中に負った傷を塞ぐには不足であるし、身体中に血液を巡らせる事など不可能だ。
――ああ、違うんだが……。
矢矯は、もう苦笑いもできなかった。
ハッキリと見えない矢矯の目だが、生き残った仲間が集まってくるのを感じ取っていた。
――生き残るにしても、死ぬにしても、最後に変わりはないな。
この舞台が始まる前、口にした言葉が矢矯の中に蘇ってきた。
ひょっとすれば梓の
――もう秒か。
治している間に死ぬというのは、悪い予感だと切り捨てはできまい。
――こんな日か。
一秒でも無限大といってきた矢矯であるが、この一秒一秒は、自分の中に生まれ続ける言葉を孝介に残すには短い。
――おはよう、ありがとう、ごめん、お休み……ちゃんといえていたか?
覚えがないとも思うが、こんな時、悔いなく死ねるイメージは湧かない。
――あるなぁ。悔いは、あるなぁ。
悔いなどはいくらでもある。
この舞台に上る動機となった
自己満足というよりもストレス解消というのが事実だろう。
それで命を落とすのでは――、
「犬死にだな……」
「ベクターさん!」
孝介が縋るように矢矯の身体を抱き寄せた。
「医者だ! 急いで!」
輸血と治癒の《方》があれば助かる、という言葉に縋る孝介であるが、矢矯は唇を震わせると、
「もう遅い」
もう何秒もない事を自覚していた。
生き残る資格についても考えた。
結論はすぐだ。
――生きてられないだろう。
矢矯は今日、初めて舞台で人の命を奪った。安土が孝介と仁和の教師役に矢矯を選んだ理由は、命を奪った事が一度たりともなかったからだ。
――二人を、行き止まりに追いやって、雁字搦めにしたのは、俺だ……。
もっと上手い方法があった。
「生き返らせようとか考えるなよ。
こんな舞台で命を賭け続けるのが愚かな選択であるのは、誰の目にも明らかだ。
――あぁ、こんな事いってる場合じゃないな。
そう思いつつも、本当にいいたい事はいえない。
それが自身に科せられた罰だ。
「生き返らせるなよ」
こんな事をいいたい訳ではない。
「死ぬ事が俺への罰だ。俺がいない事が、孝介くんと仁和さんの罰だ」
だが、こんな事しかいえない。
――おはよう、ありがとう……。
それをちゃんといいたいと思いながら、矢矯の口は、もう動かなかった。
――ごめん、お休み……。
矢矯が口の端に上らせられない言葉を考えられたのは、そこまでだった。
「ベクターさん……?」
孝介の問いかけに、矢矯はもう答えない。
「ベクターさん! ベクターさん!」
孝介が肩を揺すっても。
孝介、仁和、矢矯の舞台は、こうして幕が引かれたのだった。
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