第25話「連携の形」

 結界の解除は予定通りではなかった。一対一の状況で、もっと数的有利を確立せさたかったというのがあずさの本音だ。


 ――ベクターさんと弓削ゆげさんの二人が、もっと……。


 それはいってはならない泣き言であるが、そう心得ていても尚、梓がいってしまう言葉だった。


 矢矯やはぎみやびを斬り、孝介こうすけの救援に向かって丹下たんげたおす。


 弓削はリベロンを斬った後、陽大あきひろの救援に向かって珠璃しゅりを斃す。


 それで3対7になるから、そこで梓が結界を解くというのが当初の算段なのだが、捕らぬ狸の皮算用というものだった。


 ――ベクターさんが、的場まとばくんに対して持っている責任感を考えていませんでした。


 梓の心中に渦巻くのは、文字通り後悔の念。


 矢矯のまずい点を挙げれば切りがないが、やり直しのきかない舞台では冷静さを絶対的に保つ事は難しい。矢矯や弓削は、それこそ自分が切り刻まれようと死の直前まで冷静さを保てるが、孝介や陽大の事となると不可能だ。


 孝介を助けなければならないと思った瞬間から、矢矯に冷静さは求められなかった。だから剣を投げ捨て、落とさないよう両手で孝介を抱えて丹下に背を向けてた。


 結果、珠璃のアカシャ・ライジングは回避したが、意識の範囲外へ出てしまった丹下のクファンジャルをまともに受ける事になってしまった。


 ――倒せたのは、みやび りょう丹下たんげ雅彦まさひこ、リベロンの3人ですか。


 6対4ならば有利であるが、目を余所へ向けると血にまみれた矢矯を抱えたまま座り込んでいる孝介がいた。


 実質、孝介と矢矯の二人を欠いてしまったようなものだ。


 結界を解いてしまった今、座り込んでいる孝介はいい的であるが、結界を飛び越えて攻撃する術を知った珠璃がいるのだから、結界は壁にならない。


 ならば他者がかばえる状況にするしかない。


「数で自分たちが勝ってるから?」


 空島そらしまがぶつけてくる挑発は、これくらいの差くらいハンデにならないという響きがある。空島側に残っている人数は4人だが、その4人は空島の《導》を受けた4人だ。それに対し、6人中、《導》を受けているのは3人。


「はい、勝てていますから」


 梓も殊更、逆らおうとはしない。勝っているのは事実だ。孝介が戦闘に復帰せずとも5対4。孝介を庇うために一人、回したとしても4対4なら互角だ。


「こっちは最強状態の4人、そっちは――」


 だから梓も空島の先回りが出来た。


「でもあなたは、私と口げんかしていてくれるのでしょう? 3人に減りました」


 梓はぴんと指を三本、立てた左手へ頬を寄せた。


 空島が軽く息を吸い込んだのは、梓へ怒鳴り返そうとでも思ったからだろうが、結界が消えれば戦況が変わり、空島を黙らせた。


草凪くさなぎ! すまん!」


 レバインは声を張り上げつつ、かいとの間合いを調整していく。


 ――認めないでしょうけれど、会様に押さえられているのですよ。


 その光景に梓がほくそ笑む。


 ――自分では六家りっけ二十三派にじゅうさんぱに匹敵すると思っているけど、会様には及んでいません。


 梓の事であるから会に対する贔屓目ひいきめもあるのが、レバインたちが勝てるのはルゥウシェたち六家二十三派の当主争いから脱落した者が本調子とはいえない時だけだ。


 そして今の会は、レバインたちが平らげてきた落ち目の存在ではない。



 鬼家きけ月派つきはの鬼神を己の身にまとわせるという使い方に至った百識ひゃくしき希有けうだ。



 レバインが攻めあぐねる程、会の身体は強固になっている。


 本来は代理戦闘させるものを、さながらパワードスーツのように身につけた威力だ。


 無傷という訳ではないが、浴びせられたレバインの《導》を拡散させ、体勢を崩されずに反撃に移れるメリットは大きい。


 ――でも、これはこれで辛い。


 ただ纏えば誰でもできるという訳ではないのは、中にいる会の顔が歪んでいる事が表している。


 身体の動きと鬼神の動きを一致さられず、食い違った場合、鬼神を構成している《導》が会すらも傷つける。


 ――障壁を身体に沿って展開させる練習は、これか!



 陽大と共に弓削に教えを求めたのは、鬼神を纏って行動する事を想定しての事だった。



 陽大と違い、特に精密な動きができる事を前提とした戦法ではない事が、付け焼き刃に過ぎない身体操作だが、レバインと渡り合う事ができている。


「サイクロン!」


 両手に持った短剣を振るい、レバインが旋風を巻き起こす。


「ッ」


 会の動作は完璧な回避でも防御でもなく、ただ直撃を避けるだけだ。


 矢矯や弓削でも、このサイクロンを回避するには攻め足を残せないが、会は残した。


 風も空も切れよとばかりに槍を突き出す。


「こいつ……ッ」


 それがレバインには鬱陶しくて堪らない。会を蹴散らし、4人が合流する事しか頭にないが故に苛立ちを募らせてしまう。


 だから珠璃に任せようとするが、それ自体がストレスでもある。神名と戦っている鳥飼よりは、陽大と戦っている珠璃の方が余裕があるにしても、他者に任せなければならないのはプライドが傷ついた。


「仕方ない!」


 珠璃は飛翔する力を発揮し、陽大を振り切ろうとするのだが、そのスピードよりも陽大が経戦しなかった事が離脱できた最も大きな要因だっただろう。


 陽大もこの時、珠璃への攻撃を放棄して走っていた。


「!?」


 一瞬、出遅れた珠璃は、陽大の姿を目で追った。


 陽大の向かう先には、同じく走ってくる神名の姿が見えた。


 ――合流したところで……!


 加速に入ろうとしていた珠璃は、一旦、それを止めた。


「ペルソナフェイズ!」


 近距離攻撃から遠距離攻撃へと切り替え、互い以外が目に入らなくなった陽大と神名へ狙いを付ける。


 狙うのは推進力に使っている《方》と《導》を組み合わせた光だ。後方へ弾き出せば推力を得られるのだから、それを前方へ打ち出せばロケット砲にもなる。


「行け、熱素ねっそ!」


 神名と陽大を狙う。


 同時に黒白こくびゃく無常むじょうを出して矢矯と孝介も狙おうとするのだが、その全てを断ち切る男が立ちはだかった。



 弓削だ。



 弓削は合流ではなく、二人を狙おうとする者に狙いを絞っていた。


 ――複数人が入り交じる戦いは無理がある。


 それを知っているからだ。基本的に弓削たちが身につけているものは一対一を想定しており、四方八方から襲いかかる複数のものを捌くような事はできない。


 珠璃にしても、複数の標的を狙う術こそ持っているが、それを正確に操る経験は殆どなかった。


 合流するという想定は、珠璃の中で合流しなければならないという確信、一種の強迫観念になっていたのだから、弓削の攻撃には対処が遅れる。


 ――この……クソオヤジめ!


 呪いの言葉すら放てない珠璃は、近接戦闘用のシャドウフェイズでなく、遠距離戦用のペルソナフェイズである事も禍した。


 熱素と名付けたロケットも、黒白無常も出せず、珠璃は上空へと逃げるしかなかった。


「ベストでなくても、ベターのはずだ!」


 珠璃を見上げながら放った弓削の言葉は、珠璃ではなく神名と陽大へ向けられていたが。


 陽大と神名も、合流ではない。


「お願いします!」


 すれ違いながらかけられた陽大の声に、神名は「任せて」と返す。


 陽大はそのまま追ってこようとする鳥飼へ向かい、神名が走るのは動けなくなっている矢矯と孝介の元だ。


 陽大、弓削、神名の3人であるからこそできた無言のうちの連携だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る