第5話「烏合の衆」

 廊下を歩く足音は三人分。矢矯やはぎ弓削ゆげのように感知の《方》を持っていずとも、足音の違いは歩幅を感じさせ、大人が一人、子供が二人だと分かる。


 ――子供が二人……ですか。


 安土あづちに思い当たる子供は、丁度、二人しかいない。



 聡子さとこはじめだ。



 ならば連れてきたのは姉か。


 ベルキャプテンと入れ違いになる三人は、予想していた通りの三人だった。


「叔母さん……」


 聡子が心配そうな顔を見せる。安土の呼び出しだと母親に告げられて思い出すのは、基が立たされた舞台の事しかない。


 基も同じく。


 それを裏付けるかのように、女医も険しい顔をしていた。


「いらっしゃい。ありがとう。こっち、座って下さい」


 安土はできるだけにこやかに向かい入れ、ドリンクメニューを手渡す。


「暑かったですか? お酒だけじゃなく、ジュースも色々とありますよ。二人ともライチとかあんずとかのフルーツジュースは好きですか?」


 取り繕う気ではないのだが、そんな言葉が出て来てしまう。取り繕うように聞こえてしまえば、基の表情に走っている緊張感が増した。


「三人とも、杏のジュースでいいわ」


 座りなさいと女医が聡子と基の背を押した。


「じゃあ、三つですね」


 しかし安土が呼び鈴を押すまでもなく、杏露酒を運んできたベルキャプテンがノックした。


「お待ち遠様です」


 鮮やかな黄色の杏露酒シンルチュウは、ソーダ割りではなくロック。酒である事が分かる女医は嫌な顔をするのだが、聡子と基は見た事のない飲み物に幾分、表情を和らげた。


「これは、杏のお酒です」


 味覚が似ているとは、この場合は出来の悪い冗談だと安土も自覚している。


「杏のフルーツジュースを三つ、お願いします」


 この言葉も取り繕うように聞こえてしまう。


「承りました」


 手にした伝票に手早く記すベルキャプテンだったが、次の来店者は入り替わりにならなかった。


 次の足音は、分からなかった。


 ――来ましたか。


 安土が視線を壁越しに入り口へ目を向けた。何人かは分からない。女医が連れてきた時は、基と聡子が子供であったから、足音がばらけて聞こえたが、今度は身長に明確な差がないため、人数を悟れる程ではない。


 基も安土の視線を追った。感知の《方》がない基だが、新たな足音が自分たちの仲間だという事は察せられていた。


 人数は――、


「全員、揃いました」


 立ち上がった安土が出迎えたのは、残り7人全員だった。


「いらっしゃいませ。お待ちしていました」


 ベルキャプテンが飲み物の注文を取ろうとしたが、最後尾から先頭へ入る乙矢おとやが短くいう。


「お水で構いません。また必要になったら呼びますから」


 ここでメニューを広げ、好みの飲み物を探すという気にはならない。


「はい」


 突っ慳貪つっけんどんとしかいいようがない乙矢であったが、ベルキャプテンは当然、表情になど出さない。


「真弓ちゃん、ここへ」


 当の乙矢も気にした様子はなく、真弓を最も右隅の席へ座らせ、その左隣に腰掛けた。利き腕の側に真弓を座らせるのは警戒している証しだ。何かあれば守るという意思表示をしているのだから。


「座ろうか」


 矢矯は短く舌打ちした後、自分は左隅から孝介と仁和を座らせ、自分は中央近くに陣取る。こちらも警戒しているが、意味は乙矢と逆になる。


 ――乙矢さんが久保居くぼいさんを庇える位置を取ったから、矢矯さんは敵を倒せる位置、ですか。


 こんな場合、十人十色とはいわないのだろうが、安土はそう感じ取った。


 多分、弓削も気付いている。


「まぁ、座ろうか」


 だが無警戒に座る。守る側も警戒する側も取られたのだから、残れている席に特徴はない。


 ――それぞれが守ればいい。


 弓削は陽大あきひろにも神名かなにも、十分、修練を積ませている。陽大は孝介こうすけ仁和になと互角以上に張り合えるし、神名は完全に上手を行くと確信しているからこそ、警戒する必要も攻撃する必要もない。自分自身も矢矯とは互角以上に戦えるし、乙矢を相手にしても同様だ。


「まぁ、一度は同じ目的で集まった事もある仲でしょうから」


 ただ神名は一言、付け加えた。


 それは安土が最もいって欲しかった言葉でもあった。



 聡子がともに狙われた時、舞台関係者を排除したメンバーだ――。



 交流がないため、信用の度合いはそれぞれ違うが、舞台に上がっている百識ひゃくしきだという理由だけで警戒する必要はないはずだ。


「ありがとうございます」


 席に腰掛けたままだが、安土は一礼した。雰囲気は若干だが和らぐ。


「今日、無理をお願いしたのは、勿論、舞台の事です」


 言葉は単刀直入だ。


 和らいだ雰囲気にもう一度、緊張感の高まりを招くが、その高まりを抑える、或いは和らげる言葉は、もうない。


 寧ろ最高までに高めてしまう言葉を、安土は出さなければならない。


「また、聡子さんが狙われています」


「え!?」


 基が自分の隣を振り向いた。


 聡子は何をいわれているのか分からない顔をしていた。覚悟していたはずなのに、理解が追い付かなかったからだ。


「医療の《導》があるから?」


 百識から目を付けられるのは分かるのだが、六家二十三派りっけにじゅうさんぱが全面的に動く事は有り得ない。殺し合いともいえないような大規模になるからだ。公権力の介入を大規模に招く事になり、そうなれば寧ろ安土は自身の情報網やコネを使い、表向きは一般市民でしかない六家二十三派なのだから文字通り壊滅させられる。


 基や安土が動かせる百識を排除できる障害だと考える者が現れたのか、と訊ねているのだが、安土は首を横に振った。


「露見しました」


 安土は言葉を用意できていなかった。


「聡子さんが、本当は私の娘だという事が――」


 狙われているよりも、その方がショックだったはずだ。

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