第22話「何と悔いなき天命か――4対6」

「放せ!」


 明津あくつが身を捩るが、ペテルの身体を撥ね除けられる程ではない。こういう場合、ものをいうのは筋肉の量よりも単純な重さだ。明津も肥満の類いであるが、上背が170センチ程度ではペテルに分がある。


 ――電装剣でんそうけん


 明津が視線を向ける先に、この奇襲の為に床に捨てた電装剣がある。拾われたところで基やペテルには使えないと思って捨てたのがわざわいした。


 手を伸ばしても届かない。


 寧ろ脇が空いてしまうのだから、ペテルの腕が脇の下から通され、頸椎を抑えられた。


「ええい!」


 明津が呪いの言葉を吐きながら振るった日本刀がペテルの膝を突いた。呪詛が流れ込んでいくが、それでも精々、ペテルの手を緩める程度の効果しかなかった。


「いいや、緩んだぞ!」


 明津は身を捩って我武者羅がむしゃらに抜け出そうと足掻く。


 足掻きつつ、日本刀を水平に構えた。


「いいえ、日本刀の間合いではない!」


 ペテルが残された目を精一杯、見開き、死角に逃れられないよう掴んでいる右手に力を込める。完全に逃れられた訳ではないのだから、刀を振るえるような間合いではない。


 だが明津は半身になり、無理矢理、ペテルとの間に作る。それは拳一個分に過ぎないが、切っ先とペテルの間に空間ができたのは確かだ。


 ペテルは甘いと思っただろうが、明津が懐いた思いは真逆だ。


「ゼロ距離、取ったぞ!」


 明津は身体強化を集中させた上半身の筋力に任せ、切っ先を突き立てる。


剣閃けんせん龍牙りゅうが!」


 捻りを加えた一撃は、ペテルの左腕を根元から弾け飛ばした。


「ッ!」


 ペテルの顔が歪んだ。呪詛に加え、四肢を吹き飛ばす明津の一撃だ。意識を刈り取られても仕方のないものだったが、それを繋ぎ止めたものこそがペテルの矜恃だ。


 ――何で離れない!?


 流石に明津も声が出なかった。左腕を吹き飛ばされ、それでも意識を保ち、しかも右手を離さないなど、明津からすれば信じられなかった。痛みは、それ程までに絶対だ。気合いだ根性だと、そんな理屈で耐えられるなど理屈に合わない。


 ――ゾンビじゃないんだろ、こいつら!


 ともが《方》で呼び出すゾンビとは一線を画す、《導》によって命を吹き込まれた存在であると把握しているからこそ、明津の混乱は増す。


「放せ!」


 繰り返す明津は、左手を失ったペテルならば振りほどけると抵抗を続ける。決して浅手などではない、ともすれば致命傷になりかねない腕一本を失うダメージもある。その激痛を呪詛が増させている。


 ――片手で押さえ込まれるものか!


 巧みに押さえ込もうとしてくるペテルだが、明津の抵抗とて収まるはずがない。


 限界を迎えるのは、ペテルが先だ。


 ――確かに……。


 片目片腕のペテルは、徐々に身体が動かなくなっていく事を自覚していた。半分になってしまった視界は赤く染まったり闇になったりと、明滅を繰り返している電球のように変わっている。カミーラがそうであったように、片腕を失った事で身体バランスが変わり、早く動こうとすれば転倒してしまいそうになる。


 それをなだめ、押さえつけ、どうにかこうにか明津について行っている状態だ。右手で明津を掴んでいる事で、明津の身体を支えにしている部分もあった。


 ――もう、ダメか。


 限界が自分でも見えてしまった時、ペテルは賭に出た。



 転倒覚悟で余力を全て注ぎ込む。



 右を引きつけ、軸足を刈って重心を崩す。


 ――ここで手を伸ばしてロックを……!


 押さえ込めると思ったペテルだったが、右腕一本では無理があった。



 届かない。



「はははッ!」


 隙ができたと明津は必勝の笑み。


 しかしペテルの右手を掴む者がいる。


「掴んだよ!」


 カミーラだ。


 飛びかかる事も、立って走る事もできなかったカミーラも、この一瞬に賭けていた。


 カミーラの左手とペテルの右腕が繋げられ、明津の身体を完全にロックしてしまう。


「用意できましたよ! 鳥打とりうち君!」


 ペテルが声をからせて怒鳴った。


 明津も歯軋りしながら基へと目を向ける。


「最後は捨て身か!」


 明津が、これだけはないと思っていた状況だった。捨て身になるとは、いう程、簡単ではない。聡子の《導》を使えば生き返れるとしても、死に繋がる苦痛に何も変わりはないからだ。


 しかし基とて、今の状況は想定外だ。


 ――今……今!?


 基も、何をいわれたのか分かっている。



 自分たちごと斬れ――ペテルはそういっているのだ。



 今ならば明津を魔晶ましょう氷結樹ひょうけつじゅ結界けっかいに捕らえる事も簡単だ。基の電装剣ならば、3人を纏めて斬る事もできる。


 しかし逡巡なくできる選択ではない。


「耐えられるものか! 大体、何だ! 胸中の痛みに比べれば、身体の痛みは何ともない? なら、心の痛みには耐えられないんだろう!」


 明津も怒鳴った。基の逡巡を見抜いている。


「俺ごとお前らを斬って、あいつが平気でいられるか? 本筈もとはず聡子さとこが平然としていられるか!?」


 動揺させようというのだろうが、明津の言葉でもペテルとカミーラの手は緩まない。


「子供の頃から一緒だったぬいぐるみがいない、一人で起きる朝、クソみたいな学校、一人で食う晩飯、広すぎるベッド、そんなものに耐えられるのか!」


「乗り越えられる!」


 カミーラがいい返した。


「何もないとは思っていない。けど――」


「鳥打君がいます」


 ペテルはいい切る。


「もう一人で起きられます。もう一人で寝られます。学校はクソではない。鳥打君がいて、一緒に立ち向かってくれる場になりました」


 ペテルとカミーラが支えていた聡子は、それ以上に大きい存在となって基が支えてくれる。


 そして聡子も、基を支える存在になる。


「だから勝って! 勝たなきゃ、明日は来ないんだから!」


 そんな明日を勝ち取れと叫んだカミーラの眼前で、基の手がひるがえった。


 現れ出でる黒い光。


「ッッッ」


 基は歯を食い縛って電装剣を握り、真弓から授けられた《導》をコントロールするアプリを立ち上げる。外套がいとうの下に隠された装置に《方》が充填され、アプリが時間測定を開始する。


 基は騎馬立ちになり、半身で構える。


「斬れるものかァッ!」


 明津が叫ぶ。


 その叫び声に、基の《導》が発動するアラーム音とが重なった。


「魔晶氷結樹結界――」


 基から明津、カミーラ、ペテルへと《導》が飛来した。


ばく!」


 さながら深紅の水晶でできた樹木の如く展開する基の結界。


 ――行くよ!


 基は電装剣を構え、明津が馬鹿にした感知の《方》を漲らせる。



 天地を繋げる《方》だ。



 いや、今は天地だけではない。


 ――今日、到達できる最高点を目指せ。


 清から叩き込まれた教えから導き出した答えが、基に新たな繋がりを感じさせた。


 天地と、そして聡子の明日へと繋がる――天地人を繋げる。


 ならば今、基には見えたものがある。


「!」


 声こそないが、裂帛れっぱくの気合いが基から発せられた。


「チックショウ――」


 明津は毒突きながら両目を閉じた。


 カミーラとペテルは基の姿から目を逸らせまいと目を凝らせていた。


 基の姿が迫り――その姿は一瞬、消えた。


「!?」


「!?」


 基が現れたのは、目を瞬かせる二人の頭上からだ。


 極みに達した基の感知が見つけたのは、空間軸。


 それを結界の《導》によって歪めたのだ。



斬奸剣ざんかんけん暗剣殺あんけんさつ!」



 声と共にペテルとカミーラを避け、そして絶対の死角となる一点、真上から基の電装剣は突き入れられたのだった。



 基勝利――4対6。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る