第4戦

第23話「父よ、母よ、兄よ――4対6」

「よく頑張った!」


 ステージから降りてくるはじめを、真弓まゆみが抱きしめた。電装剣でんそうけん魔晶氷結樹結界縛ましょうひょうけつじゅけっかいばく、時間すら歪める結界と、始めの身体にかかる負担は那との戦いと同等か、それ以上だった。


「ありがとうございます」


 真弓が抱きしめていなければ、基はその場に倒れてしまいそうになっている。しかし前回のように担架が必要になるではない。修練に使えた時間は短いが、基は確実に成長していた。


「休んでいて。後は任せて」


 真弓とは逆の肩を貸しながら、神名かなが敵陣営を盗み見た。


 ――残り4人、本気になったようね。


 明津あくつの敗戦は特別な意味を持たされてしまった。


 空間を歪めての瞬間移動は、明津にとって最も屈辱的な敗北になったはずだからだ。


 明津を切り捨てた矢矯やはぎ超時空戦斗砕ちょうじくうせんとうさいは、複数の空間に自分を存在させる攻撃だった。



 その要諦ようていは二つ――時間と空間だ。



 基は時間を歪める事はできないが、空間を歪めて奇襲を仕掛ける攻撃は、それを思い出させるには十分だった。


 明津と共に矢矯から超時空戦斗砕を食らわされたアヤは当然、矢矯の存在を思い出さされたルゥウシェ、基に斬られたともは、特に――、


しゃくさわったかも知れませんね」


 戻ってきた3人に対し、安土あづちは祝福よりも先にいってしまった。



 ここから先の4人こそが本番。



 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱが味わった屈辱をもう一度、沸騰させた。


 ――残り4名の顔を見ていれば明確ですか。


 安土は眉間に皺を寄せてしまうが、基の勝ち方が余計な事だったとは思わない。あの状況からの逆転で、しかもペテルとカミーラを犠牲にしない方法は少なかった。


 第一、基の命題を果たすとなれば、この手段が適切だ。


明津あくつ一朗いちろうの容態は分かりますか?」


 安土のインカムに繋がっているのは女医。小川サイドの治療には関われないが、容態の方は掴める。


「命に別状はないらしいわ。重要な臓器、血管を避けている。針の隙間を通すようなコントロールだったようね。電装剣が突き入れられた激痛が意識を奪ってる」



 女医の言葉を要諦のみに纏めると、「いい勝ち方だった」という事だ。



「明津一朗の命に別状はないそうです。いい勝ち方でした」


 安土の言葉に何も返せない程の疲労感を抱えている基は、軽く右手を突き上げた。


「お疲れ様でした。けど、この事で、本気になるでしょうね」


 明津の現状をアヤや那が聞けば、無様という感想以外を懐かないだろう、と安土は読んだ。


「そうでなくても、手加減なんかしてくれませんよ」


 基を座らせた神名は、フッと短く溜息を吐いて立ち上がった。


 その動作は、何より饒舌だった。



 第4戦のステージに立つという意思表示だ。



「次は、内竹うちだけさんが……?」


 確かめるような安土の口調であったが、それは無用だ。


「はい」


 返事をした神名は、衣装の感触を確かめた。臙脂えんじ色の衣装は陽大あきひろと同じく胴着をイメージしてデザインされている。ただ陽大の衣装との違いは手甲の表面に幾何学模様を思わせる模様が描かれている事と、下履きが膝丈で脚絆きゃはんが露出している点などが違う。


 そして最も違う点は、その手に握りしめた武器の存在だ。


 バグ・ナクと呼ばれる手の内に隠せる鉤爪に似た武器を、神名は拳に仕込んでいた。ただ鉤爪ではなく短刀に換え、引っ掻いて使うのではなく突き刺す事も想定させている。


「行きます」


 神名は実をひるがえし、舞台へ向かう。


「……頑張って下さい」


 ただ基から声を掛けられると、ハッとした顔で振り向かされたが。


「はい」


 軽く会釈するように頭を下げる神名は、基へ向けた目だけは逸らせていた。


 ――見られない……。


 そう感じるのは、自分が失った存在を思い出してしまうからだ。


 ――お父さん、お兄ちゃん。


 亡くしたしまった家族の事。


 ――弦葉つるばくん。


 守ると誓っていた弟分の事。


 陽大は今も女医が必死に救おうと動いてくれているはずだが、父と兄は帰ってこない。


 そして、最後に思い出すのは――、


「お母さん」


 それだけは声に出していた。


 その理由は、バグ・ナクにある。


 ――使ったから。


 その「使った」が意味する所は、神名に宿る《導》だ。



 神名が操れる《導》――それは毒を生成する事。



 父と兄の命を奪い、自身の身体を蝕む忌むべきものの封印を、神名は解いていた。


 その力の感触を確かめながら、ユーロビートに背を押されてステージに上がる。


 対する小川陣営の百識は――ビバップと共に現れた。



 涼月すずき ともだ。



 毒と治癒……果たして、その相性は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る