第24話「死に至らせる毒――4対6」
その腕は玄人はだしといえるのだが、那は決して天才とはいわない。
――泣いて投げ出したくなった事もあったけど、歯を食い縛って努力した成果。
それが今の自分なのだと明言している。
――
「
その言葉は独り言にしては大きかったが、この音楽と歓声の中では余人には聞こえまい。
神名のような相手――犯罪者の身内だ。
「別に正義の味方を気取る趣味はありませんが――」
ステージに上った那は、待ち構えている神名を一瞥し、ハッキリといった。
「私は、お前がキライ」
――好かれる覚えがないからね。
神名は受け流そうとしたが、沈黙は那を黙らせる手段にはならない。
「潰します。お前と戦える事に、感謝してます」
沈黙は那にとって隙でしかない。
「私には取り立てて戦う理由はない。でも、お前みたいな奴が目の前にいたら、それが戦う理由になります。筋が通らない事が、死ぬ程、キライだからです」
何を指して筋が通らないといっているかの想像は容易だ。
容易であるが、それを想像しての言い争いは誰も望んでいない。特に観客は。
「始め」
審判の合図は、バッシュの時には巻き込まれ、明津の時は無視された同僚を見てきているため、二人が武器を構えていない事をこれ幸いと急いでいた。
合図と共に那は刀の柄に手をやった。神名の拳からバグ・ナクの刃が出ているのは見えていた。
――
ならば二尺三寸の日本刀を持つ自分の方が有利だとばかりに抜き放つ那。
とはいえ、剣術を身に着けている訳でもなく、剣道の経験がある訳でもない那であるから、神名に
だが神名は避ける方に集中する。
――確実に! 確実に!
亡くしたしまった父と兄、それを実行した母を思い出してしまうが故に、今まで使えなかった毒の《導》は、それ故に使い慣れていない。し損じれば、何度も通じる手ではない。
――
急所を捉え、一撃で決着させなければならなかった。那の《方》は、神名の《導》に勝るのだから。
「折角だから自己紹介しておきましょうか!」
抜き放った日本刀を振りかぶる那。
「
振りかぶった刀を真一文字に薙ぐ。覚えはなくとも、六家二十三派の那はフィジカルに於いても
障壁を厳密に操作できる神名とっては回避も容易かったが、脇から叩き込むには胸骨が邪魔してしまう。
もう一呼吸、待つ。
「好きな食べ物、ラーメン、カレー。好きな動物、ペンギン。嫌いなもの――」
那は体勢を整え、今度は大上段から振り下ろす。
「お前みたいな犯罪者の娘」
神名の母親が保険金目当てに夫と息子を殺した事は、大々的に報道されていた。
――そうでしょうね。
神名も概ねその通りだと思っているのだから、抑えられる。神名の扱いは犯罪被害者ではなく、加害者家族だ。
――被害者の会にも入れてもらえない。なくしたのは、お父さんとお母さん、お兄ちゃん、住んでいた家、友達。残されたのは不自由な身体。
全て慣れている。
そんな自分を一人前に扱ってくれる弓削と、慕ってくれる陽大のためにも、ここで簡単に破裂するなど有り得ない。
だが――、
「そして、逆恨みから、子供を殺そうとした鳥打 基!」
その一言に対しては、神名も冷静ではいられない。
――鳥打くん!
神名が基の事を知らないはずがない。
だが、それを無視し――調べてすらいない――那は基が許されざる犯人だと決めつけた。
「外道は許さない!」
那の一言に意思表示以外の意味はなかった。挑発の意味があったのは、神名を犯罪者の娘といった時だけだ。
だが神名にとって、基の事こそが挑発になってしまう。
斬り上げられた刀を避け、踏み込む。刀とそれを保持する腕が邪魔をして、正中線に拳を叩き込む事はできないが、先程は断念した脇から狙った。
――胸骨と肋骨のつなぎ目!
そこならば軟骨で繋がっているだけであるから、短いバグ・ナクの刃でも急所に届かせる事が可能だ。
右足で踏み込み、その右足と肩を腰椎で結んだ軸を対数螺旋を用いた回転で加速させる。
「ッ」
神名が拳に感じた感触はクリーンヒットとはいいがたかった。那が身に着けている衣装も、神名が身に着けているものと同じく《方》に対し、防御力を有し、かつ衣装の下には隠すために細いが
バグ・ナクの刃では那の身体に深く突き入れる事はできなかった。
「けど――」
毒は入った。
拳を引くと共に一旦、距離を取った。打撃は急所を貫いたとはいえないが、毒の《導》が流れた事だけは確信できた。
「!?」
那の頭がぐらつく。打撃によるダメージは無視できる。治癒させる《方》は常に那の身体を覆っているのだから、有効なダメージは
――力が抜ける?
だが打撃とは違うダメージを那は自覚した。
――毒か!
那が直感した時には、神名が再び間合いに侵入してきていた。
――即死させる程じゃなかった! だけど、この何秒かを稼げただけでも十分!
神名は目を見開き、那の急所を捉えた。
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