第20話「急転直下」
気がつければワンボックスカーやバスに囲まれた状況になり、眼前には箱バンの後部が向けられた状況だった。
これが何を意味しているかは、考えるまでもない。
「聡子さん」
カミーラが前カゴから飛び降り、人の姿を取ろうとするが、それが合図となる。
箱バンのバックドア、ワンボックスカーのスライドドアが開き、何人もの視線が聡子に突き刺さった。
唯一の
しゃがみ込むか立ち尽くすか、殆どが「停止」だ。
悲鳴をあげる事は含まれていない。
とは言っても、停止は一瞬だけであるから、視線の主は一斉に動き出す。聡子を前方の箱バンに自転車ごと乗せてしまえば、後は悲鳴を上げられようとどうしようと構わない。薬を使って寝かしてもいいのだから。
カミーラが人の姿を取ろうとするが、男たちはそれを読んだ。
「!」
カミーラが対応しきれなかったのは、ある意味では仕方がない。護衛役とはいえ、実際に暴漢を相手にした事などないのだから。経験値が圧倒的に不足していた。
背後から伸ばされた手がカミーラの身体を掴み、そのままゴミ袋に入れてしまう。それだけで防げるというものではないが、パニックを起こせばカミーラも最適な手段を考えられなくなるし、取れなくなる。
「あ!」
カミーラを奪われた事で声を出せたが、聡子が足を完全に動けなくしたのもカミーラを奪われたからだ。
足が
もう暴漢たちは楽勝だと思ったはずだ。騒がれれば10歳の子供でも手こずるが、無抵抗ならば自転車ごと積み込む事も容易い。
「……」
指揮を執っているのだろうか、正面でバックドアを開けている箱バンの中で顎をしゃくった男がいた。
周囲の男たちがゆっくりと動き始める。音を立てない動きはゆっくりだが、ゆっくりとはスムーズに繋がり、スムーズとは速いに繋がる。
包囲が狭まる。
だが彼らの任務は、唐突に難度を増す事になった。
「おい! 何やってる!」
スクリーンにしている車は完璧なバランスで配置していたはずだが、そこへ少年の声が投げかけられたのだ。
――来たとしても、どうせ一人か二人。一緒に連れて行けばいい。
「おい」
予定通りだと顎をしゃくった指揮官であったが、目撃者の少年も同じく乗せてしまえと襲いかかった男は後悔させられる事になった。
ドンッと低い音が響いたかと思うと、取り押さえようとした男の身体がその場で崩れた。相当な衝撃が、頭部に集中して炸裂させられた証左である。
崩れ落ちる男の身体の向こうに立っていた少年の名は
男の頭部に叩き込まれた肘打ちこそ、陽大が
当然、男たちは舞台に上がっている百識の名と顔を一致させているし、聡子と同じく他薦で上げられた陽大を知らないはずがない。
「……おい」
怯んでいる場合ではない、聡子により近い位置にいるのは自分たちだと言外に告げるも、一瞬であっても間が空いてしまえば陽大にとって聡子を奪い返すに十分な隙となる。
陽大が包囲の輪が崩れた一点へ身体を滑り込ませた。当然、その動きは障壁を使った身体操作を利用している。
聡子に近づこうとした男を蹴散らそうとしているのだから、対数螺旋に従って操作しており、その体勢から放たれる一撃には、場合によっては人を絶命させる力が宿っている。
――
二人も倒される事態は想定されていない。
そして陽大が行った最大の戦果は、時間を磨り潰した事にこそある。
「ケンカよ!」
今度は女の声がした。
「チッ」
舌打ちを残し、男たちがそれぞれの車に戻っていく。こうなってしまえば、舞台の関係者とはいっても所詮は小川の使いっ走りで、那に貸し出される程度の人員だ。早く撤収しなければならない。駐車場内は徐行というマナーなど守ってはいられなかった。
「
猛スピードで出て行った車に苦笑いしつつ、もう一人、先程、声をあげた女が話しかけてくる。
「私は
神名にそう名乗られても、聡子としては「そうですか」としか言えない。
ただ陽大に関してだけは少し印象が変わる。
「俺は弦葉陽大といいます」
陽大はカミーラが放り込まれていたゴミ袋を拾い上げながら言う。
「君の……いや、君と
その言葉こそ、今、松嶋小学校で校長を務めている
だからこそ母から頼まれたという言葉を信用できた。
「電話が繋がってます。無事だって教えてあげて下さい」
神名が差し出したスマートフォンを聡子が手に取ると、
「もしもし? 無事ですか?」
聞こえてきたのは
「おばちゃん……? うん、大丈夫」
一瞬、面食らうも、聡子も声を出せた。
「その人たちは、信用できる人たちです。今、家に戻るのは危険ですから、避難できる場所へ連れて行ってもらって下さい」
安土の声は珍しく上擦っていた。それだけ心配だったのだ。
「はい、わかりました」
聡子が返事をして通話終了させると、弓削が運転する仕事用の箱バンが駐車場へ入ってきた。
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