第11話「当主争いの現場とは」

 ――何? あれ。


 かいの姿は、盗み見ている姉妹達にも少なからぬ衝撃を与えた。


 会は劣等――これは今更、覆る事のない評価だ。鬼神招来にせよ、姉妹が扱う鬼神の姿は人型をベースにはするが、腕の数や足の数、大きさなどが様々のに違う。代理戦闘をさせるのだから、より戦闘に向く形にする方へ意識を向けたからでもある。


 会の人鬼合一は他の姉妹にはできない芸当であったが、果たして姉妹が抱いた感想は、実に簡単なものだった。


 ――色々と変化させられなかったから?


 発想の転換などという上等な言葉はない。


 だが当主から見て、それはどうだったか?


「……」


 当初、訪れたのは沈黙。


 ――知ってるものね。それもそうか。


 会は舌打ちしたくなる衝動を抑えた。会が上がった舞台を知っているのだから、人鬼じんき合一ごういつも把握されている。


「よく――」


 当主が口を開いた。


 だらりと両手を下げ、戦う気など感じさせないまま出した言葉は……、



「よく、そこに辿り着きました」



 賞賛であった事に驚かなかった者は皆無。


「……は?」


 会すら間の抜けた声を出してしまう。


「……」


 当主は会の顔を一瞥し、周囲から盗み見ている娘たちにも意識を向けた。


鬼家きけ月派つきはの《導》は、どう分類されるか。考えた事はありますか?」


 それは教師ができの悪い生徒へ回答を求めるような口調であったが、百識ひゃくしきにとっては親から子へかけられる言葉としては最も縁の遠い。


 六家ろっけ二十三派にじゅうさんぱの女子は、親子姉妹であろうとも当主争いの当事者、もっというならば敵なのだから。《導》を磨いていく事は重要だが、それは手取り足取り教える類いのものだと認識しているような者は、当主争いから降りた者だけだ。


 しかし今、鬼家月派の当主は話そうとしている。


「鬼神は、結界の《導》に近いのです。磨いていけば行く程、物理的な制約に囚われないものになっていく。手足の数が増える、獣と人の中間のような姿になっていく、空を飛ぶ、火を吐く、雷を落とす……」


 当主が挟んだ笑いは、誰に向けられていただろうか?


 ――盗み見てる方?


 自分ではなく姉妹の方へ向けられた、と会は思っていた。


 それも笑いは、嘲りの気持ちが隠し切れていない。


 ――バカにしている?


 会はそう感じてしまう笑いだった。


 盗み見ている姉妹たちは違うように感じたかも知れないが、そんな事は無視しろと当主が行動で示す。


 ただ一言だけを口にする事だ。



「無意味です」



 会に対し、姉妹が抱いている優越感、その根底にある《導》の否定。


「腕が何百本あろうと、瞬間移動する足があろうと、核爆発を起こすような攻撃があろうと、切り抜ける術を考えた事がありますか?」


 この当主の言葉は、誰にも向けられていなかった。


「私はあります」


 これを分かり易く一言でいうならば、


 自分は他人とは――今までの当主、そして娘達とは明確に違うのだという宣言だった。


「さぁ、猶予など必要ないのでしたね。やりましょう」


 柔やかな表情を作る当主。


「そして隠れてる子も、早く鬼神を出しなさい」


 その笑みは、盗み見ている者たちへも向けられていた。



 この場を見ている者は、全員、当主争いの最前線に出ているという一方的な宣言。



「私の《導》を見た百識は、全員、殺します」


 当主は始まりの合図をしたつもりなのだが、動けた者はいなかった。


 ――鬼神を出せ?


 姉妹の内、誰かが口にしたように、出せといった当主本人が鬼神を出していないからだ。


 ――始めていいの?


 ――始まってるの?


 本来であれば、こんな停止はしなかっただろう。当主争いの中心にいる者にとって、勝利は盗んででも手に入れるべきものだからだ。


 だがに等しい光景だと思ってしまうと、たちまち混乱させられた。


「……」


 当主は黙って盗み見ていた一人の手を掴み、引きずり出す事で強制的に現実へと引き戻す。


「鬼家月派の弱点は、百識本人」


 冷たいものが宿っている当主の目が、否応なしに現実――殺し合いの場である事を告げていた。


鬼神きしん招来しょうらい――」


 腕を掴まれていた娘は《導》を使おうとした所で、途轍とてつもない違和感に気付かされた。


「出ない!?」


 普段ならば一瞬で出現させられる鬼神が、酷いタイムラグを生じさせたのだ。


「既にお前は、私の術中です」


 娘の胸を当主の拳が打った。ドンと部屋に響き渡る重い音は、心臓を破裂させる一撃だった。


 ――下品とののしるくせに!?


 会も衝撃を受けてしまう。


 今、当主は自らの拳に蛮勇を乗せた。


「鬼神でなく……?」


 隠れていても無駄だと思ったりか、会の姉妹も出てくる。


「鬼神?」


 息絶えた娘の身体を放り出した当主の顔には、感情の読める表情などなかった。


「もう使っています」


 無表情のまま、人鬼合一を維持している会へと目を向け、


「会、あなたはよくやったと思っていますよ。鬼神を呼び出して使役するのではなく、自らがまとう事に気付けたのですからね」


 無表情のまま出てくる当主の言葉は、誉めているのだろうか?


 そうではないのだろうか?


 いや、誉めているのだ。


「私も、同じです。鬼神を纏っているのです」


 当主と会は、同じ方向に来たのだから。


「ただし、私は身体に纏っているのではないですが」


 種明かしまではしてくれなかった。


「鬼神招来――」


 戦闘態勢に入ろうとした姉妹へ、もう一度、強烈な攻撃を浴びせた。


 コマ落としにしか見えないスピードで接近し、顎へ右拳を叩きつけ、倒れる事を許さないとばかりに肝臓へ左拳で突き入れる。


 心臓を破裂させる怪力を叩きつけられたのだから、その2発で娘は文字通り死に体。


 だが倒れる娘のこめかみへ打ち下ろされた右拳は、比喩的な表現ではなくトドメとなった。頭蓋骨を叩き割ったのだから。


 当主は何もいわない。教師ならばしゃんとしろといったかも知れないが、教師の真似事は、もう終わっていた。

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