第17話「炎の大食い」

 怒声が充満していった。


「圧殺しろ!」


 この怒声は小川だったが、渦中にいるあきらに聞き分ける余裕はなかっただろう。


 ここに銃声が加われば戦場さながら――どちらかといえば無法者であるからヤクザ映画の世界さながらといった方が正しいかも知れない。


 ――安っぽい爆弾で入り口を爆破したんだから、やっぱりヤクザ映画が正しいか。


 そう思いながら、陽が医療の《導》を放つ。何人もまとめて効果を及ぼせられればいいのだが、死者すら生き返らせる《導》は、その強大さに反し、研究が全く進まなかった《導》だ。


 陽が一度に《導》を浴びせられるのは一人だけ。

「!?」


 今まで死んでいった仲間が陥った感覚に、百識ひゃくしきの女が目を剥いた。


 仲間や川下かわしたが味わってきた感覚の焼失が恐怖を掻き立てるが、これを放ってくる陽も同じく死の恐怖と戦っているはずだと、自らを鼓舞して耐える。


「放て!」


「撃て!」


「打て!」


 ――百識の掛け声には、一体、どれくらいの「うて」があるのだろうか?


 陽は身体を丸め、そんな愚にもつかない事を考えていた。


 圧殺しろと小川がいったのは、必殺の《導》を持つ百識が、まだここにいない事を示している。


 即ち、念動のようなもので陽を縛り付け、打撃を加える事で殺すしたないという事。


 ――人間を殴り殺すのは、随分な時間がかかるぞ?


 鈍く、そして重い痛みに耐えながら、陽は殺すと決めた女に視線を送り続ける。


 ややあって――、


「フンッ」


 気合いと共に拳を握ると、女百識を覆っていた《導》が完成した。


 崩れ落ちる女百識。


 それは陽も同じであるが、女百識と陽とでは大きく違う点がある。


「よし!」


 倒れた陽は、割れた頭からどろりと粘着性のある何か――明らかに血ではないものをこぼしているのだから、これで生きているはずがない。


「よし!」


 一度目の声は緊張感から解き放たれた歓喜からか。


 そして二度目の声は、死を確認したからか。


 だが――、


「!?」


 その身を包んだ感覚の剥奪に、今までのメンバーで最も強く恐怖した。


「何だよ!?」


 死んだんだろ、と付け加える余裕もなかった。


 視線を巡らせると、カウンターの向こうで水道からコップに水を注いでいる陽の姿があるではないか!


「アンデッド……」


 海家かいけ涼月派すずきはの《方》に、そういう力があったと思い出すと、


「仲間がいるぞ!」


 そいつを倒せば、この陽のゾンビは消滅するという意味での叫びであるから、厳密に言えば間違いだ。


「当たり前だ。一人でこんな所に来るか」


 だが陽は間違いだと訂正せず、その間違いを確信したまま男は陽の《導》によって全てを放出させられた。


 一瞬、陽への攻撃が甘くなったのは、小川の駒が陽の仲間を探し始めたからだろうか。


 ――なら、もう一人、行かせてもらうぞ。


 次に視界に入った女百識を、陽は《導》で捕らえた。


「何で!?」


 答えようもない問いを投げかけた女は、自分の中からあらゆる者が放出され、沈んでいく事を感じさせられていく。


「敵だろ、お前」


 陽が口にしたのは、今度こそは正解。


 陽は正解を女百識に与えて命を奪い、ここへ来て三度目の死を迎えた。


 その陽の死を、孝の《導》が回復させていく。


 ――アンデッドか。


 死のうと生きようと気にならない常識外の思考をしているという点では、生きていない――即ちアンデッドと呼ばれても間違いではないかも知れない。


 そして孝は、ここにはいない。


 陽は端末を通してバイタルを孝の元へ送信しており、そのバイタルが死を告げた時、孝が《導》で生き返らせている。



 孝の所在は、陽ですら知らない遠隔地だ。



 陽は順番に捕まえていく。


 捕まえ、始末していく。


 入り口の炎は益々、大きくなっており、この場が持つ威圧感は増していった。


 ――消防が来るまでは、5分から7分というところだったな。


 南県の県庁所在地は優秀で、全国トップくらいの救急体制を布いている。


 ――全滅は……無理かな?


 陽は見立てを間違えない。


 そして現場の混乱から、何人かを見逃すのは仕方がないと思っていた仕事だった。


 ただ、真っ先に非常口から逃げたのが小川だった事は痛恨としか言い様がなかろうか。


 消防のサイレンが聞こえ始めた時、陽は攻撃を止めた。


「まぁ、いい」


 もし小川に着くというのなら、こんな無茶をする男が刺客としてやってくる、と警告できただけで十分といえる。


「では――」


 陽は派手な身振り手振りと共に、入り口で燃えさかっている炎の中に身を投じたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る