第18話「今日の価値は、昨日の無価値」

 小川おがわを逃したのは痛恨である。


 これは考えるまでもない。


 全てを握っているのは小川であり、また集めた百識ひゃくしきの多くは一山いくらの劣等なのだから、いわば手足は潰したが頭は潰せなかったという解釈も成り立つ。



 このは、頭を潰さない限り何度でも復活する。



 そして、この怪物は呪いを持つ。


「弱点がある」


 小川は知り得る限りの百識へ一斉送信した。



 怪物がを吐き出したのだ。



「同じ奴が自爆に来る理由は、医療の《導》です」


 小川が集めた百識は新家であっても、六家りっろ二十三派にじゅうさんぱに連なる男と、その娘たちであるから、医療の《導》に関しても危機感を抱ける。


「医療の《導》持つ百識が関わっている」


 これは呪いであり、猛毒であり――、



「本筈聡子だ」



 


 小川と安土あづちが互いの百識をぶつけ合った決戦で結着した事を、文字通りひっくり返す行為は、本来であればあきらと《孝》が全力で潰した事だ。約束事が守られる事は、秘密を共有させる上でも重要であるのだから。何より舞台の運営を支えているのは、二人が持つ実行力とでもいうべきものだ。


 それに対し、小川は真っ向から白手袋を投げつける行為に出ている。


 ――これだけが一気に動いたら、止められるか?


 運営が個人か、それに近い少人数である事には辿り着いていた。


 今まで対処できてきたのは、陽が一人ずつ自爆する事で始末して行くという乱暴な方法を採れていたというだけに過ぎない。


 それは案内人が百識と関わる時、最も重要視するのはだったからだ。


 ――この場合、ひとり一人の能力よりも、数だ。人数こそが力だ!


 陽と孝の《導》までは辿り着けていないが、爆薬を使用してきた事の調べはついている。


 そこから小川が推測したのは――、


「二人とも、一対一の攻撃方法しか知らない、だから大規模な攻撃は、爆薬を使わなきゃダメなんだろう? しかし個人で使うには限界がある」


 一対一を100でも1000でも繰り返せば勝てる、と思って戦ってくれれば御の字だ。その時は容易く殲滅できる。小川の駒も減ってしまうが、それに「大きな」と括弧書きしなければならないような被害にはならない。


「本筈聡子が医療の《導》で父親を生き返らせ、自爆させまくっている」


 小川が――いつもの通り、小川が「こうでなければならない」という自信と共に、毒を、呪いを、爆弾を放っていく。


「本筈聡子を殺せば、運営に致命的なダメージを与えられる! そうなれば、より多く百識を動員できる物が人工島の王だ! それは――」


 感極まる小川は、そこで「俺だ!」といえば格好がついたのかも知れないが、



「俺たちだ!」



 そういったのは、保留癖だろうか?


 結論は分からない。


 ただ、舞台の決め事を破るという前代未聞の大問題が、今ここに出現したのだ。


「いけ!」


 小川は命じた。


 命じたのだ。


 同志ではない――駒として。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る